「大好きだった料理が、食べにくくなってしまった」という声を、高齢者の方からよく聞きます。身体は健康でも、噛む力や飲み込む力が低下してしまうと、日々の食事が食べづらくなってしまうからです。そこで今回は、ちょっとした工夫で食事が食べやすくなる、調理のテクニックをご紹介したいと思います。
「食べづらい」の原因は、食べるチカラの低下
高齢者の方が食事を食べづらくなる原因のひとつとして挙げられるのが、「食べるチカラ」の低下です。食べるチカラとは、口に入れた食事を歯や舌で咀しゃくする「噛む力」、噛んだものを唾液と合わせて食塊(しょっかい)にする「まとめる力」、まとめた食べ物を舌やほほの力を使って、喉へと送る「のみこむ力」です。普段の食事では無意識に行っているこれらの行為。ところが高齢になると、歯の衰えや唾液の分泌低下、口やのどの筋力低下によって、食べるチカラが低下してしまいます。その結果、これまで食べられていた食事が食べづらくなってしまうのです。
好きな食事が食べられない…とあきらめるまえに
食べるチカラが衰えたら、食べられるものだけで済ます…。そうなってしまっては、栄養面の心配はもちろんのこと、日々の楽しみを失ってしまうことになります。食べるチカラの状態は人によってさまざまですが、ちょっとした工夫によって食べやすい食事はつくることができます。複雑な調理をしたり介護食品を使ったりしなくても、包丁の入れ方や調味料の活用など、一般的な調理の方法で変化をつけることができるのです。大好きな食事を食べることをあきらめず、家族と楽しめるように、具体的な調理テクニックをご紹介していきます。
食材別・高齢者の方が食べやすくなる調理の工夫
~お肉編~
下味に「塩こうじ」を使うとやわらかく
食材に深い味わいを与えてくれる、発酵調味料の「塩こうじ」。下ごしらえとしてお肉につけておくと、酵素がお肉のたんぱく質を分解し、ふっくらやわらかく仕上げてくれます。おすすめは液体状の塩こうじ。ペーストタイプよりも調理が楽で、ムラになりにくい効果もあります。
・塩こうじの量は、お肉100gに対し、小さじ2分の1~1杯程度。
・塩こうじをお肉になじませたら、ジップロックや平たいお皿などに入れて30分ほど置いておきましょう。
・塩こうじを使用した分、その他の調味料の味付けは控えめに。
噛み切りにくいお肉は叩いて繊維を切る
お肉にある筋線維は長くて丈夫なため、噛み切りにくいのが難点です。お肉全体を包丁の背でトントンと軽くたたくことで、筋がほぐれて噛みやすくなります。また、火の通り具合も均一になり、やわらかく仕上がります。
「細かいパン粉」と「卵白」で揚げ物は食べやすくなる
フライなどの衣は、サクサク食感がおいしさを演出する一方で、意図せず口内を傷つける場合もあります。そこで、トンカツなどの揚げ物にはいつもより目の細かいパン粉を使ってみましょう。竜田揚げなどには、泡立てた卵白に片栗粉を加えるのがおすすめです。いつもの衣がふわふわサクサクに仕上がるため、よりおいしく頂けます。
・卵白の泡立て具合は、すくうと角が立つ「8分立て」に仕上げましょう。
お肉の間に「豆腐」をいれて噛みやすく
薄い豚ロースを重ねたミルフィーユカツは、ジューシーな味わいが特徴ですが、お肉同士がくっついて硬くなりがちです。おすすめは、お肉とお肉の間に“つなぎ”として豆腐を入れること。お肉が塊になるのを防ぐとともに、やわらかい食感が相まって噛みやすくなります。
鶏肉や豚バラは蒸すのがおすすめ
食材の水分を逃さないことで、しっとり仕上げることができる蒸し料理。鶏のもも肉や脂身を多く含むバラ肉などにおすすめの調理方法です。
「あん」をかけて飲み込みやすさをサポート
唾液が少なくなり、まとめる力が弱まっている方におすすめなのが、水溶き片栗粉でつくった「あん」です。とろっとした口当たりが食事のまとまりやすさを生み出し、スムーズに喉へと送ることができます。一緒に豆腐やたまごを絡めるのもおすすめです。
~お魚編~
身の硬いお刺身には「隠し包丁」を
高齢者の方に人気の高い「お刺身」。まぐろやかつおなどの赤身は比較的身がやわらかいですが、鯛などの白身魚は身が締まっていて、噛みづらいものが多いです。そこで試していただきたいのが、「包丁」の入れ方を工夫すること。包丁を寝かせながら薄く切る「そぎ切り」や、裏面などの目立たない部分に切り込みを入れる「隠し包丁」を使うことで、噛む力が弱まった方でも食べやすくなります。
「マヨネーズ」を使った、しっとり焼き魚
サワラやサゴシなど脂身の少ないお魚はパサパサ感が強く、口の中でまとめづらいのが難点です。そこで使えるのが「マヨネーズ」。魚の表面にうすく伸ばしてから焼くことで、マヨネーズの油分がパサつきを低減し、しっとりした食感を生み出します。
・バターナイフやスープの背を使ってうすく伸ばしましょう。
・味噌や柚子胡椒を加えると、和の風味を楽しめます。
・つけすぎはNG!カロリー過多にならないように気をつけましょう。
~ごはん(白米)編~
すこし多めの水で炊く「軟飯」がおすすめ
ひと粒ひと粒がしっかりと立った白米はとてもおいしいのですが、まとめる力が弱まった高齢者には食べづらい場合があります。かといって、おかゆだと白米を食べたい方にとっては物足りなく感じてしまうことも。そこでおすすめなのは、水を通常より多めにして炊く「軟飯(なんはん)」です。お米に対し2~2.5倍*の水を使うことで、ご飯の見た目は大きく変えずに食べやすい状態でお召し上がりいただけます。
*米一合=180ℓとした場合
~野菜編~
かぼちゃは「冷凍」させてから煮る
じっくり時間をかけて煮込まなければならない「かぼちゃ」。実は冷凍したものを解凍して使うと、簡単にやわらかさを出すことができます。ポイントは、皮やわた、種を取り、食べやすいサイズに切ってから冷凍しておくこと。その後解凍して使えば、より味がしみこみやすく、やわらかな状態になります。
和え物やお浸しにすると食べやすく
ほうれん草などの葉野菜には、お浸しや和え物がおすすめです。お浸しは野菜にだし汁がしみこむことで、噛み切りやすくなります。和え物はマヨネーズや味噌を使うことでまとまりやすくなり、飲み込みやすさをサポートすることができます。
マヨネーズ以外にも使える「ヨーグルト」と「ツナ」
和え物やサラダの味付けに使えるマヨネーズですが、使い過ぎはカロリーオーバーの原因になってしまいます。そこでおすすめしたいのが、ヨーグルトとツナです。どちらもマヨネーズと同じようにまとまりを作ってくれるだけでなく、味のレパートリーにも幅を出すことができます。
・さわやかな酸味のヨーグルトは、ドレッシングなどの隠し味として使うこともできます。
・ツナは細かくほぐれたものを、油を切ってから使いましょう。
~卵編~
出し巻き卵に「お麩」を入れるとふっくら仕上がりに
強火で焼くとパサつきやすい卵。溶き卵に細かくした粉末状のお麩を混ぜ入れることで、ふっくらやわらかく仕上げることができます。
・できるだけ粉末状にするのがおすすめ。大根おろしを作る際に使用する「おろし器」が便利です。
~あると便利!な調理用具~
シリコンケース(スチーマー)
熱伝導性に優れたシリコン製の容器。短い時間で食材をサッと温められるので、下処理の際に重宝します。
ピーラー
野菜や果物の皮むき器であるピーラー。ニンジンや大根などを薄切りするのにもピッタリです。長めにスーッと削ることで、見た目も華やかな“リボン状”にカットでき、和え物やお鍋に彩を与えてくれます。そのままレンジで下処理も可能です。まな板の上に野菜を置いて固定すれば、きれいにむくことができます。
マッシャー
じゃがいもなどを押しつぶして加工するマッシャーは、硬くて噛みづらいものなどを簡単につぶせるのでおすすめです。先の尖りすぎていないフォークでも代用いただけます。
さいごに
今回は、高齢者の方が食べやすい食事の工夫をご紹介しました。食べるチカラの変化は個人によってさまざまです。「食べられないから…」とあきらめるまえに、ぜひ一度トライしてみてください。身体の変化に寄り添った食事が、「食べたい」という思いを持ち続けていただくきっかけになればと思います。