家族として、管理栄養士として考える 高齢者の方の食事づくりで大切なこと

最近、「介護を必要としない高齢者の食事はどうすればいいのだろう?」といった疑問の声を聞くことが多々あります。私自身、管理栄養士としての知識はあっても、家族として向き合った父母の食事は理論通りにいかないことが多くありました。

今回は、介護食とは別に考える「高齢者の方のための食事」について、少しずつ整理をしながらお伝えしようと思います。

からだの機能が低下したら、高齢者は「介護食」を食べるべき?

日常において、「介護食」というキーワードはとても身近になりました。「やわらか食」や「きざみ食」、「ムース食」など分類もさまざまで、メニューに工夫を凝らした宅配サービスも充実しています。そんな世間の流れからか、噛む力や飲み込む力が低下した高齢者は、「介護食を食べるもの」という誤解があるように感じられます。

しかし実際には、食べるチカラが衰え始めているものの介護は必要ない方、特別な調理がされた食事でなくても問題なく食べられるという方はたくさんいらっしゃいます。このような高齢者の方に向けた食事を、ここでは一般的な介護食とは別に高齢者食と呼ぶことにします。

高齢者の食べるチカラと意欲を引き出す「高齢者食」

彩りを工夫した高齢者食「手まり寿司

高齢者食とは、見た目を普通食から大きく変えることなく、食べやすいように調理した食事のことです。工夫次第では、ご家族と同じ食事を摂ることができます。

一方介護食は、「弱まったからだの機能に合わせて調理された、安全に食べられる食事」です。食べる人の噛む力や飲み込む力に合わせて形状やかたさを調整します。

食べたものが誤って気管に入り込む「誤嚥」は命にかかわることもあるため、安全に食べられるような形状(食事形態)であることが重要になります。機能の低下に加えて、糖尿病などの生活習慣病を伴う場合は、それぞれの疾患に準じた対応が必要になります。

ゲル化剤をつかってやわらかく調理された介護食「ソフトさばの味噌煮

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弱まったからだの機能に合わせた食事作りという点では、介護食と高齢者食のあいだに大きな違いはありません。両者の違いを挙げるとすれば、「高齢者の食べるチカラと意欲を維持し、引き出せる食事かどうか」という点かもしれません。

介護食がからだの状態に合わせて“食べやすさ”を提供する食事であるのに対し、高齢者食は、噛む・まとめる・飲み込むといった一連の動作をできるだけ促すように作られています。食事を通じて積極的に口を動かすことで、今ある機能の衰えを防ぐことにつながり、年を重ねても食事を楽しむことができる健やかな状態を保つことにつながるからです。

また、形状が大きく変化する介護食とは対照的に、高齢者食はできるだけ食事の見た目に普通食と変わらないよう工夫します。視覚からの情報は目の前の食事を「おいしそうだ」と感じるための大きな判断材料となりますから、食べる意欲、つまりは食欲を刺激する効果もあるのです。

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普通食の延長線上にある高齢者食


介護食と高齢者食のもう一つの違いは、調理方法にあります。介護食は、飲み込みやすいようにとろみ剤を使用したり、食べやすいようにミキサーで細かく刻んだりして食べやすさを工夫します。一方の高齢者食は、普通食と同じような感覚で作ることができます。

たとえば、厚みのあるお肉などをナイフで一口サイズに切る、噛みづらい食材に隠し包丁を入れるといった工夫は、高齢者食の調理のひとつと言えます。高齢者食はいわば、「普通食の延長線上にある食事」と言えるかもしれません。

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【介護食の工夫】

①噛む力や飲み込む力に合わせた調理方法 
・やわらかさを調整し、噛む力を補う
例)焼くよりも食材に水分を含ませて蒸す、煮るなど
・口の中でまとまりやすくして、飲みこむ力を補う
例)片栗粉やとろみ剤でとろみをつけるなど)

②疾患に応じた工夫をする
糖尿病や腎臓病などの生活習慣病を抱えている場合は減塩するなど、疾患に応じた調理
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【高齢者食の工夫】

①形を大きく変えずに、食べやすさを工夫する
例)具材を適度なサイズに切る、かみ切りやすいように隠し包丁を入れる など

②食事に必要な消化機能を高める工夫
例)酸味やうま味を使って唾液分泌を促し、消化機能を高める

③低下しがちな食欲を引き出す工夫
例)彩り、香り、形状、および盛り付けに配慮するなどして五感を刺激する
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大切なのは、高齢者の「いま」の状態に合わせた食事づくり


おいしいものをおいしく食べたいと思うのは、私たちも高齢者も同じこと。管理栄養士として高齢者の栄養を考えると同時に、家族に向き合う一人として、一緒に食べる食事が「笑顔になれる時間」となるように、一緒に考えていきたいと思っています。

「介護食も高齢者食も低下した機能に合わせた食事なら、できるだけ食べやすい介護食を出すほうがいいのでは?」と思われる方もいらっしゃると思います。確かに安全面を考慮すると、食べやすい食事へ切り替える方がよいという意見もうなずけます。

しかし、食べやすさを重視した食事を続けることは、かえってからだの機能を弱めてしまうことがあるのです。たとえば、ある程度噛む力のある高齢者の方が、細かく刻みすぎた食事を摂りつづけた場合、本来持つ食べるチカラを使わない状況を生み出してしまいます。結果として、からだの機能を弱めてしまうとともに、介護リスクも高めてしまうことにもつながります。

高齢者の方に適切な食事を作るためには、「いま」のからだの状態を知り、段階を踏みながら食事の形態に変化をつけることです。そのひと手間が高齢者の食べる機能を維持させ、健やかな状態をつくりだすと思っています。「食べづらい」「噛めない」などの感想が増えたタイミングで、高齢者の方の食べるチカラの状態を知り、見直すことを繰り返す。それが、健康状態を維持する食事づくりの第一歩となります。

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日々の食事が「健康長寿」につながると信じて

今回は、介護食とは異なる高齢者のための食事、「高齢者食」についてお話しました。高齢者の食事は“作るのが大変だ”というイメージを強く持たれることが多いですが、ひと手間をかけていただくことで高齢者の方の食事に対する満足度が格段にアップするだけではなく、結果として介護防止につなげることができます。

管理栄養士として高齢者の栄養を考えると同時に、家族に向き合う一人として、一緒に食べる食事が「笑顔になれる時間」となるよう考えていきたいと思っています。日々の食事を通じて高齢者のからだの変化に寄り添いながら、健康長寿をめざしていきましょう。