「運動は健康に良い」、今までに誰もが一度は聞いたことのある言葉だと思います。筋肉をつけるため、体力維持のため、若い頃はもちろん高齢になってからでも、日頃から身体を動かすことはさまざまな場面で推奨されています。そしてそれは身体の健康だけでなく「脳の健康」にも良い影響を与えるものだということが分かってきています。
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身体の健康=頭の健康
頭と身体はつながっていますから、頭の健康と身体の健康はイコールだと言えます。とはいえ、脳の場合は身体のように「筋肉がついて物理的にたくましくなる」ということではありません。身体の運動が脳の健康につながるとされる理由には、大きく3つあります。
理由(1)血液を多く脳に送るから
身体と同じように、脳を動かすためには血液が必要不可欠です。そしてその血液をより多く、速やかに脳へ運ぶために有効なのが運動です。
身体を動かすと筋肉がポンプのようなはたらきを担い、血液を押し流すので、平常時よりも多くの血液を循環させることができるのです。基本的に血液は重力によって下に行きやすい傾向があるため、上に押し戻すサポートとして運動などによる筋肉の動きが効果的に作用します。
理由(2)酸素を多く取り入れられる
血液に含まれる酸素も、脳を活性化させるための重要な要素です。脳は酸素不足の状態が続くと、その機能が低下していまいます。たとえば長時間パソコンなどの画面に向かっていたり、集中して何かに取り組んでいたりした時など、首や肩が痛くなったり、頭痛や頭が重く感じたなんて経験ありませんか?実はこれも酸素不足の状態です。姿勢が悪かったり長時間同じ姿勢の状態が続くことで、筋肉が凝り固まり、呼吸が浅くなり、徐々に酸素が足りなくなるために起こる症状なのです。
そしてそういう時に私達は、伸びをしたり、肩や首を回したり、深呼吸をしたりします。これは酸素不足の身体に酸素を取り入れようと、無意識に身体を動かそうとして起こる動作です。ここからも分かるように、脳を活性化させるためには、呼吸をしながら酸素をより多く取り入れられる運動(有酸素運動)が有効果的だと言えます。
ウォーキング、サイクリング、水泳、ストレッチ など
理由(3)刺激を脳に伝えるから
身体の運動が脳の健康につながるとされる理由、3つ目は「刺激を脳に伝える」という点が挙げられます。
たとえば歩く時に感じる地面の感触であったり、物を触ったときの手の感触、暑い・寒いなどの肌感覚など、私達が普段生活している中で脳へ伝えられている刺激はたくさんあります。こうした刺激は常に脳を活性化させていると言えるでしょう。
しかし、高齢になり身体を動かす機会が少なくなったりすると、こうした刺激が減ってしまいます。定年退職後に、外出する機会や他者とコミュニケーションをとる機会が極端に減ってしまったことで、認知機能の低下が急激に進んだというケースも少なくありません。日常生活の中で当たり前のように受けていた脳への刺激が減ることは、認知症リスクを高める大きな要因になるのです。運動などで身体を動かすことによって積極的にさまざまな刺激を感じることは、脳へ良い影響を与えることにつながります。
より効果的に刺激を伝えるために
運動は多くの刺激を脳へ伝えるため、認知症予防につながると言えます。しかし、今まであまり運動をしてこなかった方や、運動が苦手だと感じる方にとってはハードルが高く感じるかもしれません。そんな時場合には「より効率よく刺激を伝える」方法にポイントを置いて、出来ることを探してみましょう。
次の図を見てください。これはカナダの脳神経外科医・ペンフィールド氏の考案した考え方を元にした「ペンフィールドのホムンクルス」と呼ばれる模型図です。
ホムンクルスとは日本語で「人造人間」という意味であり、その名の通り、普通の人間の身体と比べるとかなり奇妙な見た目をしてます。口や手はやたらと大きく、腕や足などはそれに比べて小さすぎるのが分かります。
なぜこんな奇妙な姿形をしているのかというと、この模型は「それぞれの感覚器官が、脳へ伝える情報量の多さ」を基準にして作られているからです。伝達する情報量が多い部位は大きく、そうでない部位は小さく、という風に、実際のサイズに置き換えられている模型なのです。つまりこの模型で大きく作られている部分、たとえば口や舌・手、指などの部位は、実際の人の身体で大部分を占めている胴や腕、足の部分よりも、何倍も多くの刺激を脳に伝えているということが分かります。効果的に脳に刺激を伝えようとするなら、こうした伝達能力の高い部位を積極的に使う方が効率が良いのです。
手・指を使った認知症予防法
刺激の伝達効率が高い部位の中で、最も動かしやすいのは、やはり手や指などの「手先」の部分でしょう。本格的な全身運動を毎日行うのは苦手だと感じる方でも、たとえば指相撲・お手玉・あやとりといった昔ながらの遊びや、指回しやペン回しなど、ちょっとした手遊びであれば無理なくチャレンジできるのではないでしょうか。
また誰かと一緒に行えたり、競い合ったりするようなものであれば、会話などのコミュニケーションによる刺激も加わるのでさらに効果的です。「楽しい」「もっとやりたい」と思えるような、自分なりの予防法を見つけてみましょう。
〈手指運動にチャレンジしてみよう〉
●両手でグー・チョキ・パーの形をつくります。
●片手ずつずらして、両手同時に行ってみましょう。
●交互にリズム良く、できるだけ早く行うのがポイントです。
①グーとパーを、両手で交互にやってみましょう
②グーとチョキを、両手で交互にやってみましょう
③パーとチョキを、両手で交互にやってみましょう
④グー・チョキ・パーを両手で1つずつずらしながらやってみましょう
ちなみに、こうした指運動では頭を使いながら手を動かしていますが、こうした「頭と身体を同時に使う運動」は「デュアルタスク(二重課題)」と呼ばれます。
デュアルタスクはとくに脳に良い刺激を与える動作だと言われていますので、日常生活の中で「これはデュアルタスクになるな」と思うものがあれば、積極的に取り入れてみると良いでしょう。
●鼻歌を歌いながら 掃除をする
●しりとりをしながら ウォーキングをする、
●文章を考えながら文字を書く・キーボードで入力する など
習慣化してフレイルを予防しよう
認知症予防のための運動を行う上で、もう一つ重要なポイントがあります。それは「一時的な運動」ではなく「習慣づけて行うこと」です。認知症予防として、ある程度年齢がいってから行う運動は、若い頃に比べて身体への負担も大きくなります。普段からあまり身体を動かさない人が一時的に激しい運動を行うと、ケガなどで運動器を痛めてしまうことも多く、将来の要介護リスクが高くなります。寝たきりなどの要介護状態は、同時に認知機能の低下を招くリスクも高いため注意が必要です。
このように、一つの不調をきっかけにさまざまな身体の不調が起こり、将来の要介護につながってしまう状態を「フレイル」と呼びます。
フレイルという言葉はあまり耳馴染みがないかもしれませんが、高齢期に陥りやすく、寝たきりなどの要介護状態になる方の多くが経験する総合的な悪循環として、近年注意が呼びかけられている状態です。上図のように、加齢によって「健康な状態」から徐々に「要支援状態」へと移行する場合、運動機能をはじめ、認知機能・食欲・活動意欲・活力など、さまざまな面で機能が低下する可能性があります。そしてこれらは1つの機能低下をきっかけに、他の機能低下に影響を与えます。
たとえば、徐々に運動機能が低下しつつある中、無理に運動をしてケガをしてしまった場合、運動機能の著しい低下によって自由に動くことができない状態が続くと、外出する機会が減ったり、家族以外の他者と接する機会が減ったりします。すると、それまで日常生活で受けていた脳への刺激が減ってしまい、認知機能の低下や活力の低下を招く要因にもなってしまうのです。また、活力や食欲の低下が最初に起こった場合、それが原因で身体を動かす気力やエネルギーがなくなり、運動や外に出る機会などが減ります。その結果、運動機能や認知機能の低下を助長してしまうという場合もあるのです。こうしたフレイル状態のきっかけを作らないためにも、日頃から運動習慣をつけることは有効だと言えます。
自分に合った運動習慣を
加齢によって、日々体力や運動能力は低下していくものですが、その現状を正しく認識するのは難しいものです。
よく「子供の運動会に参加したお父さんが、全力ダッシュをして転んでしまった」なんて場面がありますが、これも意識と身体能力の認識の違いによって起こる現象です。
若い頃の感覚のまま同じように走行したため、低下した運動機能では対応できずに転倒につながったと考えられます。自分で意識するより早く、運動機能の低下は始まっているのです。
フレイル予防のための運動を始める際は、まず自身の運動機能の現状を正しく意識することが大切です。さまざまな方法を試して、習慣化しても負担にならない方法を見付けましょう。
まとめ
今回は運動と認知機能の関係性についてお話してきましたが、いかがだったでしょうか。「運動」と聞くと、ついつい本格的なランニングや、強めの全身運動などを想像してしまいがちですが、「脳に効果的な運動」と考えた時、その方法はさまざまです。遊びの延長線というくらい気軽に、楽しんで行えるものを、ぜひ継続して行ってみてください。認知症予防はダイエットなどとは異なり、結果が目に見えにくく、継続するのが難しいという特徴があります。しかし「楽しいから」という理由で行えるものであれば、継続することも難しくないはずです。今の自身の生活に足りないものをちょっとだけプラスする、そうした行動を一つでも始められたら、それは確実に認知症予防につながる一歩になります。
本記事に使用の図表の出典元:一般社団法人日本認知症予防協会