【実話】生活歴を知る事で変わっていく心をつなぐケア

「今までのその人を知ることでケアが変わる」と看護師、保健師としての経験のある梶﨑さんが、実際に介護現場で体験をした事を話して頂きます。どういった事がきっかけで、どんな人が関わり、ケアがどう変わっていったかに迫ります。

梶﨑さんが語る心をつなぐケアとは?

私は前職で、看護師や保健師として働いていたことがあり、その頃の患者さん「Oさん」との出会いによって、ケアに関して様々な気づきをした経験があります。今回は、Oさんの事例を紹介しながら、その人と向き合わなければ見えてこないケアについて、お話したいと思います。

Oさんとの出会い

Oさんは、脳出血が原因の高次脳機能障害の症状のほか、認知症を抱えており、うまく声を発せられない方でした。自分で歩行することも難しいため、ストレッチャーで入院し、その後もベッドの上でぐったりしている状態でした。

自分の状況がわからず混乱し、点滴を自分で引き抜くこともたびたびあり、突然暴れだして、ベッドから転落したこともあったため、転落防止のためベッドに体を固定せざるをえない場合もある状況でした。

言葉をうまく話すことができなかったため、本人が伝えたいことをこちらがうまくくみ取れないことが良くおこり、Oさんにとっては歯がゆさやもどかしさがずっとあったのだろうと思います。 そのためか、入院時よりスタッフに対して暴言や暴力などがあり、スタッフが毎日何回も巡回する必要がありました。

入院当初は、口からものを食べることができず、鼻から管を入れて流動食を流し込まれ、夜間は安定剤や睡眠薬などの薬を使ってもずっと寝られずに起きて歩きまわる状況が見られました。

多職種のメンバーで一緒に考えたOさんのケア

Oさんが入院されたちょうどその頃、多職種(看護師、セラピスト、介護職、地域連携室のソーシャルワーカーなど)による抑制に関する検討会を実施しており、その結果Oさんに対しても、身体拘束をできるだけしないケアを様々な視点で検討を開始しました。

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まずは、ご家族に「Oさんは、病気になる前はどんな生活をしていて、どんなものが好きで興味があったか」などをお聞きすることからはじめ、病気になる前は畑で野菜を作り、絵を描き、奥様とお酒を酌み交わすことが日課であり、それがご自身の癒しの時間だったことや、好きな食べ物はおにぎり、じゃがいもであることなどがわかりました。

また、言語聴覚士に飲み込む能力を評価してもらったところ、口から食べられることが確認できたので、ゼリー状の栄養補助食品(好きな味はいちご)や、トロミを付けたお茶を少しずつから始めました。スタッフが「乾杯~!」と言ってお茶を一緒に飲んだりしながら練習すること数日、Oさんは「飲むこと」ができるようになりました。しかも、自分でコップを持ち、口から水分を摂れるようになりました。

さらに「食べること」にも挑戦していただきました。まずはお粥からスタートしたのですが、最初は、自分で食べようとしても脳の障害により自分の目の前の景色の片側が全くわからない(半側空間無視)ので、口元までうまくスプーンを運ぶことができませんでしたが、自分の手で食べたいという姿勢を尊重して、スタッフがスプーンですくって食べる動作を繰り返し見せたり、おいしそうにスタッフが食べてみせたり、とにかく一緒に楽しむように心がけて挑戦を続けました。

好きだったおにぎりやじゃがいももメニューの中に取り入れてもらうようにし、毎日続けていくうちに、初めは手づかみだったのが、お箸の使い方を思い出し、お箸を自分で使って全部食べられるようになりました。そして、食べる訓練をして5日目、なんと3食すべてを経口摂取できるようになりました。

紙おむつを使用していた排泄に関しては、本人がそわそわしたり、おむつをずらしかけたタイミングで尿器を当てると、最初は成功したり、失敗したりの繰り返しでしたが、おおよそ排尿は2時間に1回のパターンだとわかってきたので、2時間おきにポータブルトイレへ誘導を開始しました。

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本人に合ったケアでOさんがどんどん元気に!

訓練が進むにつれて筋力がアップし、Oさんは平行棒を使った歩行ができるようになりました。室内のトイレでフタを開け、ズボンを降ろし、おしっこする行動を、何度も付き添って繰り返し練習したところ、2~3か月経った頃には、尿意や便意があれば自室のトイレで排泄できるようになりました。

入院されてきた日、奥様の「お父さんは病気になってお父さんじゃなくなった」という言葉を聞いて、なんとお声掛けをしたらいいのか私にはわかりませんでしたが、退院時には「元のお父さんに戻ってきた。やっぱり病気になってもお父さんはお父さん」という奥様の言葉を聞き、奥様と2人で涙したのを覚えています。病気になる前の本人の好きだったことや生活歴を知ることは、回復に向けての大きなヒントになることを実感しました。

多職種による検討会は、ケアする側も、その人をわかりたい!知りたい!という気持ちを持ち、その人と向き合う姿勢が必要なのだと初心に戻る気づきを与えてくれました。

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その人を知れば、ケアも変わる!

様々な職種のスタッフがタイムリーに情報共有をしながら連携をとり、マンパワー不足の中でひとり一人と向き合って、さらにその人に合ったケア計画を立て、ベストなケアを提供することはとても難しいことです。目の前にいる人は、ただその瞬間のその人ではなく、その方が今まで生きてきた物語を背景に持った人なのです。

ケアを提供する側には、「今までのその人」を知る必要があります。このことを私に教えてくれたOさん。今でもおにぎりをおいしそうに食べるあのチャーミングな笑顔が鮮明に目に浮かびます。想いは必ず伝わるのです。