事例から学ぶ認知症 食生活編②【日本認知症予防協会監修】

日常生活の中で見落としがちな、計画を立てたりタスクを完了させたりするのが難しいという問題は、実は認知機能の一部である実行機能に関連しています。これらの困難は、実行機能障害の兆候である可能性があります。

このコラムでは、実行機能障害と記憶障害が日常生活にどのように影響を与えるか、具体的な症例を通して探っていきます。認知機能障害が生じる背景とそれらに適切に対処する方法について学んでみましょう。

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こんな時どうする?食生活に関する症状

食生活における認知症の症状には次のようなものがあります。主な事例を元に、その対応法とポイントについて見ていきましょう。

〈事例1〉買ってきたサンドイッチやおにぎりの袋の開け方すら分からず一人で食事ができません。

●症状のポイント

実行機能障害、もしくは失行の症状が現れている可能性があります。
認知症の症状には、段取りを組んで 物事を手順通り行うことが困難になる「実行機能障害」や、身体的には問題がないにも関わらず その動作が行えなくなる「失行」などがあります。リモコンを操作する・ ATMを使用するといった、普段は何気なく行えていた簡単な動作が、なぜか急にできなくなるというのが特徴です。

●どう対応したらいい?

この状況は食べ物の袋を開ける動作に限らず、ご家族の目につかない他のあらゆる場面でも生活が難しくなっているのではないでしょうか。出されているお薬なども、食後にきちんと飲めているかどうか分からない状態だと考えられます。一人暮らしの方や、なかなかご家族が付き添ってあげられないという場合には、ヘルパーさんにサポートをお願いするなどプロの力を積極的に借りるようにしましょう。小さなことでも不都合が解消されると心理的に余裕ができるものです。うまくサービスを活用してみましょう。無理せず、まずは相談してみることが大切です。

〈事例2〉コンロのつけっぱなしが増えて火の不始末が不安です。

●症状のポイント

記憶障害 によって「火を点けた」という直前の記憶がなくなってしまう
記憶障害によって、直前に行った動作の記憶すらもすっぽりと抜けてしまうことがあります。家事を行う上で「コンロに火を点けた」「お風呂の水を出した」などの記憶がなくなってしまうと、火事の危険や水の出しっぱなしなどのトラブルにつながります。普段から記憶障害の症状が現れている場合は、近くで見守る人がいた方が安全です。

●どう対応したらいい?

「ガスが危険だから」と、火を使わないタイプの調理器具に変えても(IH クッキングヒーターや湯沸かし器など)ご本人は認知機能の低下によって操作方法が理解できず、使用できないという場合があるので注意が必要です。この場合は コンロのつけっぱなしだけではなく、調理や家事全般にも支障が出ている可能性があるので、ヘルパーさんに訪問してもらい一緒に家事や食事を行うようにすると良いでしょう。見守りを兼ねてサポートしてくれますし、ご家族も安心してご本人に家事をお任せできます。その他、デイサービスや配食サービスなどを活用して調理の回数を減らすことも有効です。

認知症の症状・中核症状を知ろう

これらの事例に大きく関連しているのは、認知症の中核となる「中核症状」に分類される症状です。認知症の症状はさまざまなものがあり、それゆえに対応が難しいと言われますが、細かく見ていくと、こうした核になる症状がさまざまに変化して現れているということが分かっています。認知症の基礎となる症状ですので、覚えておくことでいざという時に症状を理解する上での手がかりになります。

中核症状① 記憶障害

記銘力(新しい記憶を定着させる機能)に異常が生じ、記憶として残る前に消去されてしまう障害です。一度覚えた記憶が薄れるのではなく完全に消去され分断されてしまうため、他者からいくら説明されても思い出すことが出来なくなってしまいます。通常、記憶が思い出せなくなる場合には古い記憶から薄れていきますが、記憶障害の場合は新しいものから消えていくという特徴があります。

★詳しくは「事例から学ぼう認知症 食生活編①」をご覧ください

中核症状② 見当識障害


日付・時間・場所・人などが認識できなくなる障害です。今自分が置かれている状況や、周囲の状況を判断することが突然できなくなると混乱し、通常の行動が行えなくなってしまいます。

外出先でこの症状が起こると道に迷って帰宅できなくなり、ふらふらと街を歩く徘徊の症状につながったり、自宅にいるにも関わらず「家に帰りたい」と訴える帰宅願望の症状につながったりします。

中核症状③ 実行機能障害(遂行機能障害)


考えて判断する、計画して実行する、それらを振り返るなどの行為が困難になる障害です。脳の障害部分と、健康な部分とのアンバランスさによって起こる混乱から生じます。

例えば、これまで問題なく使えていたリモコンや銀行のATMの操作などが急に行えなくなる。旅行などの先の予定を立てて準備し実行することが困難になる、などの症状があります。

中核症状④ その他(高次脳機能障害)

その他、高次脳機能障害に分類される症状には次のような症状があります。

●失認(しつにん):目の前のものが何なのか理解できなくなってしまう症状。
●失語(しつご):言葉を読んだり、書いたり、話したりすることが 困難になる症状
●失行(しっこう):身体的には問題がないにも関わらず、 複雑な作業が困難になる症状
●社会的行動障害:感情や欲求を抑えられなくなる症状

(例:ボールペンに対する症状例の場合)
▶その物を見てもボールペンだと認識できない … 失認
▶認識はできるが「ボールペン」という名前が出てこない … 失語
▶麻痺などもなく手指が自由に使えるのに、ボールペンが使えない … 失行

実行機能障害の特徴


これらの中核症状に共通するのは、いずれも「目に見えにくく、分かりにくい」という特徴です。通常のケガや病気などとは異なり、脳内の異変によって起こる認知症は、視覚的に分かりやすい変化がありません。血がたくさん出ている、風邪で熱や鼻水が出ているといった分かりやすい変化であれば周囲の方もそれに応じて対処することができますが、「見た目は普段通りなのにおかしな行動をとる」といった状況は、周囲の方も理解できず、どう対応して良いものか困惑してしまうことが多いのです。

中でも、それまで普通に行えていたことができなくなる実行機能障害は、周囲の方だけでなく本人にとっても「なぜ出来ないのか」が理解できず、混乱する状況に陥りやすい傾向があります。サポートする際にはこうした特徴を理解した上で、まずは「本人が安心するためにはどうしたら良いか」を第一に考えるようにしましょう。

実行機能障害に見られる行動には次のような特徴があります。

●衝動的に行動する
先の物事に対して、計画・実行する機能が低下するため、目的がハッキリしないまま作業を行うことが多くなります。結果として効率的に仕事をすすめることができなくなり、衝動的な行動をとることが多くなります。

●積極的に行動できない / 受動的になる
目標を立てて行動すること、また目標までの経緯を想像することが困難になるため、「なかなか実行に移せない、物事を始められない」という症状につながります。またそうした状況下でも「他者からの指示があれば動ける」という方の場合は、周囲から「自発性がなくなった」と捉えられる場合もあります。

●複数のことを同時に行えない
認知機能の低下によって脳の情報処理がスムーズに行えなくなると、一度に複数の物事を理解・処理・実行することが難しくなります。そのため次に何をするべきなのか、何を優先するべきなのかが分からなくなり、2つ以上の物事に直面した際に行動できなくなってしまいます。

●自身を客観視できなくなる
自分をとりまく周囲の状況を理解する機能が低下するため、客観的に自身を見ることが難しくなります。その場に応じて行動を変化させることが困難になるため、同じ失敗を何度も繰り返すことが多くなったります。

まとめ

このように認知症の症状にはさまざまなものがありますが、そのどれもが脳機能の異常や、それに対する混乱によるものだということが分かります。対応の際には「本人に悪気はない」ということを理解した上で、自尊心を傷つけないよう、さり気なくサポートするようにしましょう。

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