事例から学ぶ認知症 食生活編①【日本認知症予防協会監修】

私たちの日常生活において、忘れ物や物忘れはよくあることです。しかし、これらの小さな忘れ物が積み重なり日常生活に影響を与え始めると、不安や懸念が生じることがあります。

とくに高齢になると、これらの記憶の問題が一時的なものなのか、それとも認知症の初期症状なのかを見分けることが難しくなります。記憶障害がどのように日常生活に影響を及ぼし、私たちの行動や感情にどのように作用するかを理解することは、この問題に対処する第一歩です。

このコラムでは、記憶障害が日常生活にどのように影響を与えるか、具体的な症例を通じて探っていきます。なぜこのような症状が起こるのか、そしてどのように対応すればよいのかについて学んでみましょう。

こんな時どうする?食生活に関する症状

食生活における認知症の症状には次のようなものがあります。主な事例を元に、その対応法とポイントについて見ていきましょう。

〈事例1〉ついさっき食べたばかりなのに「ご飯はまだ?」と聞いてきます。

高齢の母が食べ終わった食器を片付けている娘に「ごはんまだ?」と尋ねている〈事例1〉ついさっき食べたばかりなのに「ご飯はまだ?」と聞いてきます。

●症状のポイント

本人は「本当に食べていないと思っている」ということを理解しましょう。

認知症による記憶障害によって、新しいことを記憶する能力「記銘力」が低下し、直前の記憶がすっぽりと抜け落ちてしまうために起こる症状です。

「覚えていた記憶を思い出せなくなる」のではなく、「記憶が定着する前に全て消去されてしまう」状態のため、本人から見れば「食べた覚えはない・食べていない」という現実が正しく、そう認識するのです。

●どう対応したらいい?

こんな時は、「ご本人は本当に食べていないと思っている状態なんだ」ということを理解した上で、その記憶を否定することなく対応するようにしましょう。

「さっき食べたでしょ?」「あなたの記憶違いですよ」などご本人の発言を否定したり、正しい事実を突きつけるのではなく、「ちょっとテレビでも見て待っててね」「みかんでも食べて待っててね」など、その場の気分を逸らすような声かけをすると良いでしょう。

まずはご本人を肯定し、安心させてあげることがお互いに気持ち良く過ごすためのポイントです。別のことに興味が移って、そのまま気が収まることもありますよ。

〈事例2〉一人暮らしで認知症の母が買い物に行くたび、同じものばかり買ってきてしまいます。

冷蔵庫の中に卵がいっぱいある 〈事例2〉一人暮らしで認知症の母が買い物に行くたび、同じものばかり買ってきてしまいます。

●症状のポイント

記憶障害は「最近の記憶」ほど消去されるという特徴があります。通常であれば人の記憶は「古いもの」から薄れていくものですが、認知症による記憶障害は、「新しいもの」から消えていくという特徴があります。

うっかり間違えたという程度なら心配はいりませんが、何度も同じことを繰り返すようであれば、その時点で記憶障害の可能性を考慮した方が良いでしょう。認知機能低下の早期発見にもつながります。

●どう対応したらいい?

ヘルパーさんに来てもらい、買い物に一緒に行ってもらうようにすると良いでしょう。同行して見守ってもらうことで、必要以上に同じ物を買いすぎることを防止することができますし、本人は「誰かの世話になっている」という劣等感を感じることなく「自立して生活できている」という感覚を維持することができます。

また、買い物だけでなく調理のサポートもしてもらったり、夕食だけ配食サービスを利用する など、お料理全般に対する負担を少しずつ減らすという工夫も効果的です。日々のご家族の心配も軽減されるので、心に余裕が生まれます。活用できるサービスは、遠慮せず上手に利用しましょう。

認知症の症状を知ろう:記憶障害

これらの事例に大きく関連しているのは、認知症の症状の1つ、記憶障害です。

「記憶がない」と聞くと、私たちが普段よく経験するような「ちょっとしたもの忘れ」と同じような印象を受けますが、認知症による記憶障害はそれとは異なります。それぞれの記憶状態を図で表すと次のようになります。
謙譲な方と認知症の方の記憶状態の比較
ここで注目するべきポイントは「記憶の欠け方」です。図を見比べてみると分かるように、健常な方の記憶状態が部分的に欠けているのに対して、認知症の方の場合は一部分が完全に抜け落ちてしまっています。

また、健常な方の場合、過去の記憶の方が多く欠けているのに対し、認知症の方は最近の記憶の方が多く欠けており、つい最近のことなのにすっかり忘れてしまっているという症状になるのも特徴です。

「ちょっとしたもの忘れ」の場合、忘れた記憶があっても、その他の記憶が残っているため補完することができます。しかし、認知症による記憶障害は完全に断裂してしまっているため、補完することができません。そのため、周囲の人と認識が噛み合わず不安を覚え、「同じことを何度も質問してくる」といった症状につながるのです。

認知症の症状は、直接的な脳の異常によって起こるものもありますが、こうした不安から起こるものも多くあります。症状に対応する際は「本人はどう感じているか」「不安に対してどう対応すると本人は安心できるか」を意識するようにしましょう。

物忘れと記憶障害を見分けよう

あなたの記憶状態は健常ですか?ポイントを意識してチェックしてみましょう。

チェック① 人や物の名前がすぐ出てきますか?

A.すぐに思い出せなくても、しばらくすれば思い出す。もしくは答えを聞いた時「そうだった」と気付ける。

B.答えを聞いてもよく分からない。家族や友人など、身近な人の名前が出てこないことがよくある。

チェック② 過去に体験したことを覚えていますか?

A.詳細はあやふやだが、それを行った・体験したという自覚はある。
(例:旅行先での細かい出来事は思い出せないが、旅行に行ったこと自体は覚えている)

B.体験したことそのものに覚えがない。とくに最近のことが思い出せない。
(例:旅行での出来事だけでなく、旅行に行ったこと自体を覚えていない)

チェック③ 用事を忘れてしまうことはありませんか?

A.目的のために場所を移動したのに、移動先で何をするために来たのか分からなくなることがある
(何か目的があったということは覚えている)

B.用事を忘れてしまったこと自体に気付かず、移動した先で別のことを初めてしまう。

上記のチェックでBの該当が多かった場合は、認知症による記憶障害の可能性が高いと言えます。ここで注目するべきポイントは「その事柄・出来事自体を覚えているかどうか」です。認知症専門医

「健常な人の記憶状態」と「認知症の方の記憶状態」の図の違いにもあったように、認知症による記憶障害は記憶がすっぽりと抜け落ち、断裂してしまうことで起こっています。そのため本人は「忘れている」ということ自体が認識できず、周囲から指摘されても理解できない状態になるのです。

「あれ?おかしいな」と感じた時はこうしたポイントに注目してみると、認知症の初期症状に気付けるかもしれません。

〈物忘れと記憶障害の違い〉

加齢によるもの忘れ 認知症による記憶障害
ポイント 出来事の詳細は忘れているが
出来事そのものの記憶は残っている。
指摘されれば思い出す。
出来事そのものの記憶が消去されて
しまう。
指摘されても思い出せない。
症状の進行 進行しない。もしくはゆっくり。 進行する。
生活への
影響
思い出せないことに不安はあるが、
生活に支障はない。
生活全般に支障をきたす。
周囲の方の
感じ方
年相応だと感じる。 忘れ方に違和感を覚える。
何度も同じことを質問しているように
感じる。

まとめ

今回は、食生活にまつわる症状とその対応法についてお話させていただきましたが、いかがだったでしょうか。こうした認知症の困りごとは他にもたくさんあります。次回も食生活に関連した事例についてご説明していきますので、ぜひ「いざという時」に役立つ知識として学んでみてくださいね。

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