事例から学ぶ認知症 感情編②【日本認知症予防協会監修】

認知症はさまざまな症状が現れるという特徴がありますが、そのうちの一つ「性格の変化」が起こると、理性や感性を司る脳機能に異常が起こり、それまで温厚だった方が急に怒りっぽくなったりする場合があります。そして感情的になった結果、暴言や暴力などにつながるケースも少なくありません。こうした症状に落ち着いて対応するためには、まずその原因や背景を理解することが大切です。

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こんな時どうする?感情に関する症状

感情面における認知症の症状(暴言・暴力)には次のようなものがあります。主な事例を元に、その対応法とポイントについて見ていきましょう。

〈事例1〉認知症の母は怒りの感情がうまくコントロールできず、介護する父と口ゲンカばかりしています

●症状のポイント

認知症の症状によって性格が変わったり、感情が抑えられなくなったりすることがあります。
人格や理性を司る脳の部位である「前頭葉」に異常が起こると、それまで温厚な性格だった人が怒りっぽくなったり、攻撃的になることがあります。またそうした脳の障害による直接的な影響以外にも、認知症に対して本人が感じている不安を周囲の人が理解してくれないことに憤りを感じ、訴える行為を見て、周囲が「怒りっぽくなった・性格が変わった」と捉えている場合もあります。

●どう対応したらいい?

ご本人の話を聞く時には、まず「傾聴」の姿勢を意識してみましょう。たとえ話のつじつまが合わなかったとしても、それを指摘したり訂正するのではなく、まずは耳を傾け、話を聞き、肯定する姿勢で接することでご本人の気持ちが落ち着く場合があります。

また、ささやかでも良いのでご本人の「できること」を見つけて家の中での役割を担ってもらうということも、日々の心の安定をはかる上では効果的です。「自分にもまだできることがある」という自尊心を守ることが、心の余裕につながります。

記憶障害の症状によって記憶があやふやな状態であっても、昔の記憶は思いのほかしっかりと覚えているという方も多いですので、たとえば折り紙を折って飾るなど、ささやかでも良いので、昔得意だったことを日課として継続してもらうというのも良いかもしれません。

〈事例2〉自分で紛失して見付からない物に対して「あなたが盗った」と言ってきます。

●症状のポイント

物盗られ妄想は、認知症に対する不安から身近な人を疑ってしまう症状です。
自分で置いた物の置き場所や、保管したことの記憶が記憶障害によって消えてしまい「紛失したのは誰かが盗ったからに違いない」と思い込む症状を「物盗られ妄想」と呼びます。この症状は、認知症や将来に対する不安から周囲の人に対して不信感を持ったり、攻撃的になったりすることによって起こりやすくなる傾向があります。

●どう対応したらいい?

厳重にしまい込んだ結果、紛失するといった行動の背景には「大事だからこそ失くしてはいけないと思う不安な気持ち」があります。そのため記憶障害によって自分で保管したという記憶が失われた時、「きっと誰かが盗んだ」と強く思い込んでしまうのです。

一緒に探す際にも、紛失物を見付けてくれた人に対して「あなたが隠していたから見付けられたのでは」と疑いを持ってしまう場合もありますので、できるだけご本人が自分で紛失物を発見できるよう、うまくサポートしてあげると良いでしょう。

被害妄想はよくある認知症の症状の1 つです。疑われたり非難されたりする側は本当に辛いですが、まずはご本人を安心させることを第一に考え、対応するようにしましょう。

〈事例3〉一人暮らしで認知症の父を心配して、近所の方が訪問してくれるのですが、父は追い返してしまいます

●症状のポイント

自分が認知症だと「認めたくない心理」が憤りや反発につながります。
「自分が認知症かもしれない」と思えば誰しも不安になるものです。そして「認めたくない」「まだそんな齢じゃない」「年寄り扱いするな」という憤りが生まれ、身近な人にぶつけてしまうことがあります。周囲の方はご本人のためにと親切心から行っていたとしても、ご本人の心情的には 素直に受け入れられないという場合もあります。

●どう対応したらいい?

まずはケアマネジャーに相談し、 介護のプロに関わってもらいましょう。ケアマネジャーやヘルパーさんが追い返されるケースもありますが、関わる介護スタッフが知恵を絞り、何とかご本人様が安心して暮らせるようなサポートを行ってくれます。

また高齢の方の場合、「お医者さんや看護師さんといった医療関係者の方であれば、比較的受け入れてくれやすい」という傾向もありますので、ケアマネジャーと相談のうえ、まずは訪問看護師が定期訪問することからスタートするなどして、お父様との信頼関係をゆっくり築いていくと良いでしょう。

無理に説得するのではなく、対応する「人」を変えてみるというのも気持ちを動かす1つの方法です。

認知症の症状:暴言・暴力

認知症を患うことによって、それまで穏やかな性格だった方が急に怒りっぽくなり、暴言を吐いたり、暴力を振るうようになる症状が見られる場合があります。こうした症状が現れる背景には主に2つの要因が考えられます。

1)症状に対する不安や憤り

認知症によって起こる症状は「通常では理解できないような行動」につながる傾向があります。たとえば手や足を怪我したり、風邪をひいて熱が出ているといった症状であれば、明確な身体の変化が見られます。その影響によって「普段は出来ていたことが出来なくなる」という理屈も理解できるでしょう。

しかし認知症の場合は異常が脳内で起こるため、その変化になかなか気付くことができません。見た目には健常であるにも関わらず理解できない行動をとるようになる。そのためどう対応すれば良いのか判断がつかず、不安をおぼえるという特徴があるのです。

また、こうした不安な状況下にありながら「それが周囲になかなか理解されない」という環境は、ご本人の焦りや憤りにもつながります。

「わざとやっている訳でじゃないのに、どうして理解してくれないんだ」という気持ちをぶつけることが増え、それを見た周囲の方が「怒りっぽくなった、性格が変わった」と捉えている場合もあります。

2)前頭葉の異常によるもの

脳には各所で役割が分担されている部位(前頭葉、側頭葉、頭頂葉、後頭葉、海馬)があり、認知症によって脳に異変が起こった場合、異常箇所に対応して症状が変化することが分かってきています。認知症はこれらの症状や異常要因から、大きくアルツハイマー型認知症、前頭側頭型認知症、レビー小体型認知症、脳血管性認知症の4つ(四大認知症)に分類されていますが、それぞれ性格や人格に影響が現れる可能性が考えられます。

●アルツハイマー型認知症


記憶を司る海馬を中心に、頭頂葉まで広範囲にわたって脳に異常が起こることで発症する認知症です。記憶力をはじめ、理解力や判断力の低下も見られ、それによる不安や混乱から興奮したり暴言を発しやすくなる傾向があります。また睡眠障害を併発しやすく、睡眠不足のストレスから怒りやすくなるケースもあります。

●前頭側頭型認知症


名前の通り、前頭葉から側頭葉にかけて異常が起こることによって発症する認知症です。前頭葉は理性と感性、人格などを司る部位であり、ここに異常が起こると興奮状態になりやすくなったり、理性がコントロールできなくなる症状(悪気なく他人の物を盗ったり食べたりするなど)が見られるようになります。

●レビー小体型認知症


レビー小体と呼ばれる特殊なタンパク質が脳内に出現することで、視覚を司る後頭葉から、記憶を司る海馬にかけての部位がダメージを受けて発症する認知症です。実際には存在しないものが見える症状(幻視)によって突然パニックになったり、また睡眠中に悪夢を見て大声での寝言や奇声を上げる、暴れるなどの症状が現れることもあります。

●脳血管性認知症


脳血管性認知症は脳血管の異常によって起こる認知症の総称です。他の認知症と同様に、前頭葉に異常が現れた場合は理性によって感情を抑えることが困難になったり、後頭葉や海馬に異常が現れた場合は幻視によって混乱し暴れたりと、さまざまな症状が現れる可能性があります。

3)服用した薬による影響


ドネペジル(販売名:アリセプト)などの認知症治療薬には、易怒性(興奮したり攻撃的になる)の副作用が出る可能性があることが分かっています。

薬を服用し始めた頃から急に怒りっぽくなるなどの症状が現れた、といった場合には服用内容を見直したり、薬の量を減らすことで症状改善につながることもあるので試してみましょう。

また複数の薬を同時に服用している場合、副作用によって逆に症状が強く現れることもあるので注意が必要です。

冷静に対応するために

このように「性格や人格の変化」という症状が現れる要因には、複数の可能性が考えられます。脳機能の異常によるものではなく、環境や状況に対して感情を表している場合、それを改善することで症状が治まったり穏やかになる場合もありますので、常に「何が要因となって感情的になっているのか」について考えるようにしましょう。

またこうした症状が長期に渡って続く場合、対応するご家族や周囲の方にとっても身体的負担や心理的負担が大きくなります。

症状と向き合い、できるだけ無理することなく過ごすためにも、対応時には次のようなポイントを意識することが大切です。

●言葉や力で対抗しない

認知症の症状によって起こる暴言や暴力に対して最も避けるべきなのは、同じように言葉や力で対抗することです。感情的に感情をぶつけて言い合いをしたり、物理的に身体を抑えつけて収めようとしたりすることは、結果として状況の改善にはなりません。まずは状況を客観視し、冷静になることを心がけましょう。

●物理的に距離をとる

次に、暴言や暴力に巻き込まれないよう物理的な距離を取ることを意識しましょう。一時的に違う部屋へ移動したり、可能であれば別の人に対応を代わってもらったりすると良いでしょう。症状によって感情的になり、つい暴言や暴力を振るってしまうご本人としても、それによって周囲の方が傷つくのは本意ではないはずです。お互いを守るためにも、まずは干渉できない距離まで離れることを意識しましましょう。

●精神的な距離をとる

物理的な距離をおくだけでなく、精神的にも距離をとることも有効です。リラックスできるようなものを見たり・聞いたり・思い浮かべたりする、深呼吸で副交感神経を刺激してリラックスするなど(とくに吐く動作を長く意識して行いましょう)、自分なりに気持ちをクールダウンさせる方法を探してみましょう。

まとめ

認知症による急な興奮、暴言や暴力などの症状はさまざまな面で見られますが、その要因や対応法は人それぞれです。大切なのは状況をよく観察し、その場面においてどう対応することが最適なのかを考えることだと覚えておきましょう。

また、こうした症状に対応することは認知症ケアや介護のプロであっても大変な仕事であるということを理解することも大切です。突発的な興奮状態につい感情的になってしまった、自己防衛のために手を出してしまったなど、自己嫌悪に陥るような場面に遭遇することもありますが、そんな時にも、ご家族や周囲でサポートをする方はご自身を責めすぎないように注意しましょう。

どれだけ愛情をもって接していたとしても、時にはこうした事態が起こってしまう可能性があります。それに対して怒りを覚えることも自然なことです。認知症に対するサポートは、ご本人だけでなくそれを支える周囲の方々のメンタルを守ることも重要なのです。

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