認知機能の低下は加齢とともに誰にでも現れるものですが、ある日突然大きな変化が起こるわけではありません。徐々に認知機能が低下していく中で「あれ?おかしいな」と思うことが増えていき、明確に症状だと認識できるようになるまでには時間がかかるというケースがほとんどです。そうした中で、ご家族や身近な方の異変に対してどのようなサポートをするべきか悩む場面も多いでしょう。さまざまな症状が起こる認知症において、適切なサポートを行うために意識するべきことにはどんなポイントがあるのか、よくある事例をもとに学んでみましょう。
事例から学ぶ認知症 食生活編①
事例から学ぶ認知症 食生活編②
事例から学ぶ認知症 行動編①
事例から学ぶ認知症 行動編②
事例から学ぶ認知症 感情編①
事例から学ぶ認知症 感情編②
事例から学ぶ認知症 感情編③
事例から学ぶ認知症 「おかしいな」と思ったら←今回はコチラ
こんな時どうする?認知症の症状
ご家族や身近な方に見られる症状例には次のようなものがあります。対応法とポイントについて見ていきましょう。
〈事例1〉親の運転がおぼつかないので免許を返納してもらいたいと思うのですが、本人は拒否するため困っています。
●症状のポイント
認知症によって注意力・判断力が低下し、事故につながることがあります。
近年、認知症のドライバーによる自動車事故の増加が注目されています。高齢者が事故を起こしやすい要因としては、認知機能の低下が影響していると考えられており、主に車を運転する上で必要な「注意・判断・操作」の行動が困難になるためです。現在は75 歳以上の高齢ドライバーに対して免許更新の際に認知機能検査を設けており、検査結果から認知症であると判断された場合、免許停止や取り消しの手続きが取られています。
●どう対応したらいい?
免許返納を拒否される方には、さまざまな理由があります。自身で自由に移動ができなくなることで、自立した生活が阻害されると感じるため拒否するケースや、他人の世話になることを極力避けたいと感じて拒否している場合などもあります。そんな状況下でご本人のプライドを傷つけずに返納してもらうためには、返納に対する「マイナスのイメージ」が「プラスのイメージ」に変わるよう配慮することがポイントです。
たとえば同世代の有名人や身近な知り合いの方が、実際に免許を返納したという話をしてみても良いかもしれませんし、身分証明書として代わりに運転経歴証明書が発行されるということや、返納後の特典としてタクシー券の交付や配送料の割引サービスなどさまざまな特典を受けられるという点を説明しても良いかもしれません。
また「運転」という行為によってご本人はどのような目的を達しているのかを考え、デメリットが発生する場合は代替案を用意し、説明することも大切です(例:買い物や通院が目的である場合は、車がなくてもその目的が達成できる他の方法を提案する、など)。そうしたデメリットが解消されれば、安心して応じてもらえる可能性も高くなります。
現状、すでに運転が困難であるにも関わらず運転を続けようとする場合には、主治医から説得してもらうというのも一つの方法です。ご家族からの意見は素直に聞きづらいという方でも、主治医の説得であれば素直に聞き入れるという場合もあります。
〈事例2〉受け答えのおかしい時があるが、正常な時もあるので医師への説明が難しい
●症状のポイント
脳の異常な部分と、正常な部分とのアンバランスさによって症状が生まれます。
認知症の症状は「部分的な脳の異常」によって引き起こされます。部分的であるからこそ正常な部分とのアンバランスさによって混乱が生じたり、症状が出る時と出ない時の「まだら状態」になったりするのです。加えて症状の現れ方にも個人差が出るため、全く同じ症状の方はいないと言われるほど多種多様になるという特徴があります。認知症の症状が複雑で対応が難しいとされる理由は、こうしたさまざまな要因が関係しているためだと言えます。
●どう対応したらいい?
症状がまだらに出現しやすいという特徴は、認知症の初期の症状です。後日、医師に説明するのが難しいこともあると思いますが、そんな時には、どんな状況や行動だったかその時のことをメモに残しておいたり、スマホなどで動画を撮って見せるなどの工夫をすると良いでしょう。口頭で伝えるよりも詳細に分かりやすく伝えられるはずです。
初期の頃は、ご本人だけでなくご家族にとっても大変不安な時期です。「あれ?おかしいな」と感じた時は、一人で抱え込まずになるべく早くかかりつけの医師や地域包括支援センターに相談するようにしましょう。地域包括支援センターでは必要に応じて介護保険の申請の案内や、地域活動の情報などについて教えてくれますので、疑問に感じたことは遠慮なく問い合わせてみましょう。さまざまなアドバイスやサポートをしてくれます。
〈事例3〉マンションの隣人が認知症かも?どうしたらいいでしょうか
●症状のポイント
独居で認知症になり、どうしたらいいのか分からず困っている人がいるかもしれません。
核家族化や少子高齢化が進む近年、高齢者の一人暮らしも増えてきています。独居で認知症になってしまった場合、助けの求め方が分からず困っているというケースも多いです。そういう方を見かけた時、自分が直接手を差し伸べようとするのはハードルが高いかもしれませんが、専門機関に情報を提供する形で手助けする方法もあります。
●どう対応したらいい?
「あれ?おかしいな」と感じたときには、自分一人だけでどうにかしようとせず、積極的に専門家の力を借りましょう。まずは地域の民生委員さん(社会福祉の増進に努めるために厚生労働大臣から委嘱された非常勤の地方公務員)に話をしてみるのはどうでしょうか。あなただけではなく、他のご近所さんからも不安の声が届いているかもしれませんし、こうした地域の方の声がきっかけでご本人の助けになるかもしれません。
「民生委員さんのことをあまり知らない」「どのように知らせたらいいかよく分からない」という場合には、最寄りの地域包括支援センター(地域の高齢者のための介護・福祉・保健に関する総合相談窓口)や、市区町村にある高齢福祉担当窓口、保健センターなどに相談してみるといいでしょう。相談した方のことはきちんと伏せた上で対応してくれます。こうした行動はそれ自体が小さなことであっても、「助けてくれる人を探す」という大きなサポートになるはずです。
サポートする側の「介護うつ」に注意
こうした事例からも分かるように、認知症による症状はご本人だけでなく、それをサポートする側の生活にも大きく影響を与えます。日本では社会の高齢化とともに認知症の人口も増加し続けていますが、それに伴い認知症の方を介護するご家族も増加しています。
現代医療において完治が難しいとされる認知症は、一度かかると生涯サポートが必要になる可能性が高く、長期の介護疲れによって介護うつ(介護によるストレスや身体的負担が原因でうつ病を発症した状態)になる方も増える傾向があります。
介護うつは気持ちの問題で解消されるものではなく、睡眠や休養の不足から脳のエネルギーが不足し、意欲や判断力が低下して健康を保てなくなることで起こります。次のような症状が増えてきたなと感じる場合は注意しましょう。
●物事に対する楽しさを感じなくなったり、興味が薄れたように感じる。
●気力がなく、重く抜けない疲労感を感じることが増えた。
●食欲がなくなった、もしくは食べ過ぎるようになった。
●何かに集中したり、継続して行うことが難しくなった。
●寝つきが悪くなったり、夜中に目が覚めることが多くなった。
●イライラしやすく、怒りっぽくなったと感じる。
●他者と関わりたくないと感じ、避けることが増えた。
●原因不明の下痢や腹痛、動悸やめまいなどの体調不良が続いている。
●「死んでこの世からいなくなりたい」と思うことが増えた。
介護うつに陥りやすい人・環境
介護うつ状態になりやすい要因として、次のようなポイントに該当することが多い傾向があります。
1)責任感が強い
肉体的だけでなく精神的にもストレスが蓄積した状態にも関わらず、「自分がなんとかしなければ」「他人に迷惑をかけてはいけない」と考えて無理をしてしまうような方は、介護うつになりやすいため注意が必要です。
2)深い睡眠がとれない
昼夜の介護で疲労やストレスが蓄積しているのに、充分な睡眠時間がとれない。または介護度は低くても、常に気を張って生活していることで緊張が抜けず、夜ぐっすりと眠れないといった状態が続いた場合、介護うつになりやすい傾向があります。
3)家族の協力が得られない
認知症の症状が本格的に現れる前、初期症状が見られる頃などはとくに、ケアマネジャーや介護士など専門家のサポートを受けることなく、ご家族だけで対応するというケースが殆どです。そのような時期にご家族や親族からのサポートが得られず、誰か一人だけに負担が集中してしまった場合、肉体的・精神的に追い詰められ、介護うつの状態に陥ることがあります。
4)親の変化を見るのがつらい
認知症の症状が進むにつれ、以前は元気で活発だった親が弱々しくなっていったり、それまで出来ていたことが出来なくなることを目の当たりにすることで、精神的なつらさを感じるという方も少なくありません。また、そうした状況に対してつい苛立って強く当たってしまい、自己嫌悪を抱くこともあり、そうしたストレスの積み重ねによって介護うつになってしまう場合があります。
サポートするご家族の心構え
認知症の方をサポートする際には、ご本人だけでなくご家族の健康も維持する必要があります。次のようなポイントを理解し、介護うつ状態にならない環境づくりを意識しましょう。
●一人で抱え込まない
責任感を持つことは大切ですが、認知症の方をサポートすることは「プロであっても大変な仕事である」ということをきちんと認識した上で、周囲に助けを求めることも大切です。近所や周囲の方々に協力してもらったり、必要であれば遠慮なく介護サービスも利用するようにしましょう。まずは地域の高齢者相談センターなど、専門の窓口に相談してみることから始めてみましょう。
●睡眠時間を確保する
睡眠不足は身体的にも精神的にも悪影響を与えます。できるだけ睡眠時間を削ることで状況に対応するのではなく、別の選択肢がないかを考えてみましょう。ご家族の協力を得ることはもちろんですが、それだけでは対応が難しいと感じる場合は、短期入所のショートステイを利用するなどの方法も検討してみましょう。施設に入所することに対して抵抗のある方でも、ショートステイであれば受け入れやすいという利点もあります。
●好きなものを手放さない
好きなものを食べたり、音楽や読書、映画など、趣味を楽しむ時間を短時間であっても持つようにしましょう。「時間がないから」と諦めるのではなく、ショートステイなどを活用している間は思い切りストレスを発散するようにするなど、気持ちの切り替えを行うタイミングを持つことが大切です。そうした気分転換が、より良い介護を行うためのモチベーションにつながります。
まとめ
昨今、認知症人口は増え続けていますが、認知症に対する社会の理解度はまだまだ低く、自身やご家族が認知症であることを公表することに対して抵抗を感じる方も少なくありません。そうした「知られたくない」という心理は、早期発見・早期治療の機会を逃してしまうだけでなく、ご家族だけでの介護というつらい現状を生み出してしまうことにもつながります。そうした悪循環に陥る前に、無理せず早めに外部のサポートを得るようにしましょう。