事例から学ぶ認知症 行動編①【日本認知症予防協会監修】

日常で経験する軽微な場所や時間の混乱が、実は見当識障害のサインであることがあります。このコラムでは、見当識障害に関連する具体的な症例を取り上げ、その原因となる認知機能の問題を深掘りし、それに対処するための適切な方法を模索します。各症例について、なぜそのような認知障害が起こるのか、そしてその状況にどのように対応すればよいのかについて考察してみましょう。

こんな時どうする?行動に関する症状

行動面における認知症の症状には次のようなものがあります。主な事例を元に、その対応法とポイントについて見ていきましょう。

〈事例1〉認知症の夫が 外出したまま帰り道が分からなくなり、何度も警察に保護されていて心配です。

●症状のポイント

記憶障害や見当識障害によって、自分が今いる場所や状況がわからなくなります。
記憶障害によって直前までの記憶がなくなったり、見当識障害によって突然今、自分の置かれている状況が分からなくなることによって起こる症状です。外出先でこの症状が起こると、「なぜそこにいるのか、どうやってここまで来たのか分からない」「帰りたくても帰り道が分からない」といった状態になり、その場でうろうろと迷ってしまう行動につながります。

●どう対応したらいい?

外出をする時に「どこに行くの?気を付けてね」と声をかけると、どこに行こうとしているのかが分かる場合があります。もう夜なのに「買い物に行く」というような返答であれば、「もうお店は閉まっているから、明日一緒に行きましょう」と伝え、会話で外出を回避できることもあるので試してみましょう。
外出のタイミングがわからず、いつも誰かが見張っていなければならないといった場合には、人が出入りする際に音を鳴らせて知らせる設置型の福祉用具や、 GPS が搭載された靴などを活用するのも一つの方法です。また徘徊(一人歩き)に関しては、地域で見守ってくれる方の存在がとても大切ですので、ご近所の方にもご本人の状況を知らせておいて、自然に見守ってもらえるような環境をつくりましょう。

〈事例2〉認知症の母が、ときどき賞味期限切れのお菓子を近所に配っているようで困っています。

●症状のポイント

見当識障害もしくは失認などの影響で、賞味期限を理解していない可能性があります。
「見当識障害」によって日付や時間の感覚が低下し、認識できなくなった。もしくは、目にしたものが理解できなくなる「失認」の症状によって、印字されている日付の数字が分からなくなったという可能性もあります。1~2度うっかり間違えてしまったという程度であれば問題ありませんが、何度指摘しても繰り返すようであれば注意が必要です。

●どう対応したらいい?

社交的でお世話好きな性格のご本人としては、これまでと同じ気持ちでお菓子を配っているだけだと思われますので、可能な限りは望むようにさせてあげることをおすすめします。代わりに、ご近所の方にはお母様が認知症であることや賞味期限切れの判断ができない状況であることをあらかじめ説明して、理解を求めたり、もしくはお菓子はいったん受け取っていただいた上で、賞味期限が切れている場合は廃棄してもらうようにお願いしておくなど、ご本人のプライドが傷つかずに済む方法を探してみると良いでしょう。一人でなんとかしようとするのではなく、周囲の方にも理解と協力をしてもらうことがポイントです。

〈事例3〉トイレの場所が分からなくなり、粗相をしてしまうことがあります

●症状のポイント

自宅であっても周囲の状況が理解できなくなり、トイレの場所が分からなくなることがあります
見当識障害によって、自分が今いる状況や場所の認識が突然できなくなることがあります。それは住み慣れた自宅であっても起こるため、自宅にいる状態なのにも関わらず知らない場所に居るような感覚になり、トイレまで辿りつけなくなってしまいます。またトイレ以外の場所をトイレだと誤って認識してしまい、排泄トラブルにつながる場合もあります。

●どう対応したらいい?

トイレの場所がわからないのであれば、扉に「トイレ」「便所」などの貼り紙をして、視覚的に分かりやすくしてみてはどうでしょう。また、トイレまでの廊下に「トイレはこっち」など、誘導する貼り紙をすることも効果的かもしれません。定期的にトイレにお誘いしてみるなどして、余裕をもってトイレに行ける環境を作ってあげることも有効です。
排泄に関するトラブルは、介護する側にとって精神的な負担が大きく、ご本人にとってもプライドが傷つけられる要因になりやすい案件です。ケアマネジャーや介護スタッフなどに相談して、一緒に解決策を見出していくと良いでしょう。お互いの感情がぶつかり合ってしまうと良い結果は生まれません。大変な時はきちんとプロに助けてもらうようにしましょう。

認知症の症状を学ぼう:見当識障害

見当識障害とは、認知症の症状の中核となる症状である「中核症状」の1つ。日付・時間・場所・人などが認識できなくなる障害です。今自分が置かれている状況や、周囲の状況を判断することが突然できなくなり、混乱して通常の行動が行えなくなってしまいます。

主な中核症状

●記憶障害
記銘力(新しい記憶を定着させる機能)に異常が生じ、記憶が消去されてしまう障害

●見当識障害
日付・時間・場所・人などが認識できなくなる障害

●実行機能障害
考えて判断する、計画して実行する、それらを振り返るなどの行為が困難になる障害

●その他(高次脳機能障害)
失認・失語・失行など、身体機能に異常はないが、常な行動が行えなくなる障害

見当識障害は認知症の初期から見られる症状であり、進行するにしたがって時間・場所・人の順で認識できなくなるという特徴があります。

たとえば「時間」の見当識障害が現れた場合、昼間は起きずに眠り、深夜になると活動的になり外へ出て行こうとする昼夜逆転の症状につながることがありますし、また「場所」の見当識障害が現れた場合は、外出先で自分の今いる場所が分からなくなり街をうろうろと歩き回る「一人歩き(徘徊)」の症状につながることもあります。

「人」の見当識障害が現れた場合は、家族や親しい知人を他人と勘違いしたり、孫を娘と勘違いするなどの症状につながったりします。このように同じ見当識障害であってもさまざまな症状として変化するというのが、見当識障害の特徴です。

それぞれの見当識障害への対応

見当識障害の方への対応では、時間・場所・人に関する認識の障害に対して、それぞれの症状に合わせたアプローチが必要です。

1)「時間」の見当識障害への対応例

●デジタル時計の設置
大きなデジタル時計を設置し、時間・日付・曜日などが一目で確認できる環境にしてみましょう。

●大きなカレンダーの使用
文字が大きく見やすいものや、明確な色使いのカレンダーを使用し、日付を認識しやすくしてみましょう。毎朝「今日は〇日ですね」と確認しながら、カレンダーに印をつけていくことも有効です。

●季節感を感じさせる会話と工夫
季節の装飾や写真などで時間の感覚を視覚的に分かりやすくすると、時間の流れを感じやすくなります。また「もうすぐひな祭りですね」「桜が咲いていますよ」など、季節の変化を感じ取れるような会話を積極的に投げかけるようにしてみましょう。

2)「場所」の見当識障害への対応例

●トイレの場所の表示
大きな文字で「トイレ」と表記したり、夜でも目につくような光るサインを置いておくなど、
トイレの場所を視覚的に認識しやすい工夫をしてみましょう。

●迷子防止の工夫
場所に関する見当識障害が進行すると、屋内で迷子になることもあります。部屋のドアや壁に「居間」「台所」などの表示を貼ることで、自分の位置が把握しやすくなります。

●安心感を高める環境作り
自宅と認識できなくても、居心地の良い環境を整えることで症状は和らぎます。家具や装飾品の配置を固定し、慣れた環境を維持することで安心感を高め、混乱を防ぎましょう。

3)「人物」の見当識障害への対応例

●写真の活用
家族や友人の写った写真に、名前や関係性を記したラベルを貼って置いておくことで、不鮮明になった記憶を助けることがあります。定期的に写真を見せ、会話の中でその人について触れる機会を設けるようにしてみましょう。

●無理に理解させようとしない
無理に説明しようとすると、本人がストレスを抱え、症状が進行することがあります。まずは傾聴し、落ち着いてもらうことが大切です。

●信頼関係を築く
家族や知人の顔が分からない場合でも、本人にとって安心できる存在であることを感じてもらうことで不安を軽減させることができます。家族にとって顔を認識してもらえないことは寂しいですが、本人の気持ちに寄り添い信頼関係を築くことを第一に考え、日頃から愛情を伝えるようにしましょう。

見当識障害に似た症状:せん妄

せん妄とは、錯乱状態などの異常な精神状態の総称であり、主に次のような症状のことを指します。

●会話についていけなくなる
●質問に対して適切な返答ができなくなる
●自分がいる場所、状況などが分からなくなる
●安全にかかわる判断ができなくなる
●重要な事実を思い出せなくなる

これらを見てもわかるように、せん妄は見当識障害と非常によく似た症状が現れるという特徴があります。そのため、せん妄の症状が現れた際に、周囲の方が「認知症になってしまったのでは」と思ってしまうケースも少なくありません。しかし、せん妄は認知症とは異なり、本人がもともと持っていた持病やそのとき服用した薬など、何らかの理由が原因となって一時的に意識障害や認知機能の低下などが生じている状態です。認知症の方がせん妄を同時に発症するケースはありますが、それまで全く健康体だった方に急にこうした症状が見られた場合は、認知症ではなく一時的なせん妄である可能性が高いでしょう。

せん妄は原因を特定して適切に治療を行えば、改善させることが可能です。疑いがある場合はすぐに精神科、もしくは脳神経内科を受診するようにしましょう。(最寄りのかかりつけ医から専門の医療機関を紹介してもらうことも可能です)

まとめ

認知症において見当識障害は、現れた時「理解しがたい」と捉えられることの多い症状の1つです。時間や場所、人など、健常者であれば当たり前に認識できるものだからこそ、症状を理解するためには、それが認識できない方の立場に立って同じ目線で接する必要があります。こうした知識を皆で共有し、正しい理解・速やかな対応につなげていきましょう。