株式会社リブドゥコーポレーションは、施設・病院で働く方を対象にしたオンラインセミナーを開催しています。年間20講座、様々なテーマの講座があります。今回は、Livedoオンラインセミナーの中から、認知症専門医の繁田雅弘先生を講師にお招きして8月30日に開催された「認知症の精神療法 ~認知症専門医から学ぶ認知症と認知症の人との関わり~」をレポートします。
繁田雅弘先生が代表を務める「SHIGETAハウスプロジェクト」では、神奈川県平塚市にある一軒家「SHIGETAハウス」で毎月第二火曜日と第四火曜日に認知症の本人と家族が参加できる「平塚カフェ&ミーティングセンター」が開催され、毎月第1火曜日には、オンライン平塚カフェ(だれでもカフェ)が開催されています。
今回のセミナーは、施設・病院で働く方に向けた内容ですが、認知症を抱える本人とその家族がコミュニケーションをとる上でもヒントになる内容だと感じました。このセミナーレポートでは、質疑応答も含めた75分間の内容の中から、「認知症に関する正しい知識」についてピックアップしてご紹介します。
テーマ:認知症の精神療法 ~認知症専門医から学ぶ認知症と認知症の人との関わり~
講師:繁田雅弘先生
開催日:2023年8月30日
講義内容
1.認知症に関する施策の変遷
2.世界の流れ(WHOが提唱した認知症の人へのアプローチ「PANEL」)
3.共生(社会)とは、認知症に関する正しい知識とは何かを考える(共生社会の実現を推進するための認知症基本法案 第八条 国民の責務より)
4.支持的精神療法
5.精神療法の要点;傾聴の要点
6.いわゆる行動心理症状(BPSD)と自覚症状
7.質疑応答
認知症に関する正しい知識とは
共生社会の実現を推進するための認知症基本法案 第八条には 「国民は、認知症に関する正しい知識を持ち、認知症の予防に必要な注意を払うよう努めるとともに、認知症の人の自立及び社会参加に協力するよう努めなければならない」と掲げられています。では、認知症に関する正しい知識とはどのような知識なのでしょうか。医学的に正しい知識、社会学的に正しい知識など、認知症に関する正しい知識の受け止め方は人によって様々です。正解は一つではないと思います。
繁田先生はセミナーの中で「認知症に関する正しい知識」について「正しい知識が何のための知識かを考えた時に、認知症の人と家族がストレスなく、嫌な思いをしないで暮らしていくための正しい知識ということなのではないかと思います。」と述べられました。
認知症は生活に様々な不便を生じさせます。認知症に関する医学的に正しい知識、とりわけ認知症の症状を知ることは、なぜ本人がそのような行動をとるのかを理解する上で役立ちます。また、早い段階で認知症の症状に気づき、適切な対応がとれると、様々なトラブルを未然に防ぐことができます。
ただ、気を付けないといけないことは、認知症に関する言葉の中には、あたかも認知症になると何もわからなくなり、何も出来なくなるかのような偏見を与えて、認知症と診断された人やその家族を傷つけてしまう可能性を内包しているということです。なるべくそのようなことを避けるためには、どのような点に配慮すると良いのでしょうか。
認知症の症状を理解し、気持ちに寄り添うには
認知症の症状を考えるうえで、大きく2つに分けて考えることが重要です。ひとつは、「中核症状」と呼ばれるものです。もうひとつは、本人の性格や置かれた環境、人間関係などの要因が絡み合って、うつ状態や妄想のような精神症状や日常生活への適応を困難にする行動上の問題を引き起こす「周辺症状」と呼ばれるものです。
周辺症状は、行動心理症状(BPSD)とも呼ばれています。周りからは問題行動とみなされることが多い症状で、認知症を抱える人を介護する上で、様々なトラブルにつながり、大きな悩みとなるものも少なくありません。しかし、本人にとっては、何とかよりよく適応しようとした行動の結果でもあります。問題と思われる行動には、全て理由があります。本人の症状を理解し、適切なコミュニケーションやケアを行えば周辺症状は軽減したり消失したりする可能性は十分にあります。
繁田先生は、セミナーの中で、行動心理症状(BPSD)について「認知症以外の病気、例えば、ガンを何度か再発している人が、「放射線治療の副作用が辛いからもう治療を受けたくない」と言って物を投げつけてしまった時に、治療拒否や暴力などの行動心理症状(BPSD)と診断されることはありません。それは、その気持ちを周りが理解できるからです。認知症の場合も、周りが感情や行動が理解できればこういう言葉は使わなくていいと思います。同じ行動でもこういう言葉を使う機会が少なければ少ないほど介護の質は高いと言えると思います。薬の量も当然減ってくるはずですし、まさに身体拘束はもっと減るだろうと思います。中核症状である物忘れや見当識障害に関しても、「物忘れをして戸惑う」「物忘れをして不安になる」というのが症状だと私たちは理解をしないと、本人がどんどんと遠くへ行ってしまうと思います。」と述べられました。
以前はできていたことができなくなり失敗が増えてくると、自分自身に対して失望したり、がっかりしたりします。認知症ではなくても、そのような感情は、多くの人が経験したことがあるのではないでしょうか。「洗濯物ができない」「料理ができない」ことが理解できなくても、「料理ができなくて自分を責めている。」「洗濯ができなくて自分に失望している。」と置き換えると、認知症を抱える人の気持ちに寄り添うことができると感じました。
「認知症」に対する自分の偏見に気づく
繁田先生は、「中学生くらいまでは認知症に対しても、あまり偏見がなく、知識もいい意味でゼロなので、認知症の人に対して普通の人と同じように接することができるように感じています。物忘れに戸惑い、ご本人ができないことにちょっとショックを受けることはありますが、偏見がない分、一人の人として接する。特に家族の中ではそうです。」と述べられました。
しかし、高校・大学ぐらいから、人はなぜか認知症について、ちゃんと一度も勉強したことがないのに偏見を持ち始めてしまうと繁田先生は感じていらっしゃいます。その偏見は、無意識に持っているもの、良かれと思う善意から生まれるものも含まれます。
セミナー冒頭に繁田先生が述べられたような「認知症と聞くと、人はどうしても、必要がないのにゆっくり話をしてみたり、じっと本人を見つめて話をしてみたり、障害者扱いをしてしまう」のも、偏見があるためだと言えます。では、繁田先生が普段から気を付けていらっしゃる「できるだけ普通に」認知症の人と接するためには、どのような視点が必要なのでしょうか。
繁田先生は、「認知症の人に質問して答えられないと、「分からない」と決めつけてしまうことがありますが、本当は、質問は理解しているし、答えは頭に浮かんでいるけれど、うまく説明できないだけかもしれません。でもなかなかそうは思えませんね。なぜか不思議に生じてしまう偏見はどうしようもないのだろうと思うんですよね。全ての人に偏見はあります。ですから、僕がいつも言うのは、「偏見をなくそう」ということじゃなくて、「自分の偏見に気づこう」ということです。自分の偏見に気がつくことで、当事者やご家族や関わる人たちとのギャップや食い違いをなくすことができます。」とおっしゃいました。
私はそのお話から、「できるだけ普通に」認知症の人と接するためには、まず本人に尋ねてみることが必要なのではないかと感じました。本人と対話することで、お互いの理解が深まります。そして、本人が何をしたいかがわかると気持ちに寄り添った関わりができるのではないかと思います。それが「できるだけ普通に」接する第一歩なのではないでしょうか。
また、認知症だからすべて「できない」「覚えられない」のではなく、「手間がかかる」「時間がかかる」「確認が必要になる」「苦労が増える」と認知症を理解し、暮らしの工夫によって補えることはないかと考えると、生活の中に希望が見つかるのではないかと思いました。
対話で得られた本人の想いや暮らしの不便を解消する工夫などの情報が、認知症を抱えて暮らしていくために不可欠な「認知症に関する正しい知識」なのだと、繁田先生のセミナーを通して感じました。
おわりに
今回は、8月30日にLivedoオンラインセミナーで開催された認知症の精神療法 ~認知症専門医から学ぶ認知症と認知症の人との関わり~の中から「認知症に関する正しい理解」についてご紹介しました。
今回のセミナーは、施設・病院で働く方に向けた内容でしたが、認知症を抱える本人とその家族が、お互いを理解し、気持ちに寄り添ったコミュニケーションをとる上でヒントになる内容だったと感じています。本人と家族の思いが通じ合うことで、住み慣れた地域の中でより暮らしやすくなるのではないかと考えています。
セミナーの中で「認知症に関する正しい知識とはどのような知識ですか?」という質問に対して、繁田先生が、「私にとっての正しい知識は、ご本人が、あるいは、ご家族が、あるいは、もちろん私たちも希望を持てる知識です。」とおっしゃったことに感銘を受けました。
その言葉を心に刻み、介護にプラスLive+Doでも、「認知症を抱える本人や家族が日々の暮らしに希望をもてるかどうか」という視点を大切にして、情報を発信していきたいと思いました。