事例から学ぶ認知症 感情編③【日本認知症予防協会監修】

認知症と言えば、記憶障害や一人歩き(徘徊)などの症状が目立ったものとして認識されがちですが、脳機能の異常が「性格の変化」として現れるケースも少なくありません。中でもそれまで活発だった方が活力を失い、無気力状態やうつ状態になったりする症状は、それ単体では周囲への影響が少なく、暴言・暴力などの症状に比べて見過ごされがちです。また認知症になられた方をサポートするご家族や周囲の方々にとっても、介護疲れの末に現れる可能性がある症状として注意が必要です。

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こんな時どうする?感情に関する症状

感情面に見られる認知症の症状(無気力・うつ)には次のようなものがあります。主な事例を元に、その対応法とポイントについて見ていきましょう。

〈事例2〉認知症になってから 表情が乏しく気力がないように感じます。笑顔でいてほしいと思うのですが。

●症状のポイント

気分が沈む、無気力、うつ状態なども認知症による症状の1つです。
「認知症で性格が変わった」というと、攻撃的になったり・興奮状態になったりといった症状ばかり目立ちますが、逆に気分が沈んで無気力になったり、うつ状態になることもあります。脳機能の異常によって起こる場合だけでなく、将来に対する不安感からそうした症状が起こる場合もあります。周囲に影響がなくても、それまでの性格から変化が見られた時は注意しましょう。

●どう対応したらいい?

地域のラジオ体操など、皆で参加できる集まりなどがあれば参加してみるよう勧めてみるのはいかがでしょうか。認知症になっても体操の動きは体が覚えており、音楽が流れると自然に体が動いてしまうということがあります。

また、音楽に合わせて皆で同じ体の動きをするという行為は、一体感が感じられて気持ちが明るくなるかもしれません。身体を動かしながら、気持ちまでリフレッシュできるので一石二鳥です。音楽の力もリフレッシュ効果が高いので、音楽に関する地域の活動や催しがあれば積極的に参加してみましょう。

身体を動かすことが好きなら運動を、音楽が好きなら音楽を楽しむことを、といったように、「好きなこと」を積極的に実践することが認知機能に良い影響を与えます。その方に合った方法を探してみましょう。

〈事例3〉本人の希望を汲み、なるべく自宅で介護をしようと頑張っていますが、様々なストレスで家族も限界です。

●症状のポイント

認知症のさまざまな症状に対して家族だけで対応するには限界があります。
ご家族など、認知症の方をサポートする側の心理的な負担も、認知症の症状を考える上で軽視できない要素の1つだと言えるでしょう。認知症の症状は本当にさまざまであり、記憶障害や言語障害、幻視、麻痺、人格・性格の変化など、脳の異常箇所によってあらゆる形で現れます。

また同じ症状であっても個人によって差異が出るというのも認知症の特徴の1つです。ご家族が限界を感じるということは、その時点で在宅で対応可能な限界点だと理解した上で、早めに適切なサポートを利用するようにしましょう。

●どう対応したらいい?

まずは定期的なショートステイの利用などを含めて、在宅での介護保険を最大限に利用してみましょう。ご本人が自宅を望まれているということで、ご家族としては罪悪感のような気持ちを持つなど、メンタル面での辛さがあるかもしれませんが、親であるご本人様は、大切なご家族が辛そうな様子でいることよりもきっと 笑顔で接してくれることを願っているはずです。

たとえば 施設に入所したとしても、ご家族が笑顔で会いに来てくれる時間の方が、ご本人様にとっては嬉しいことかもしれません。在宅介護を行う場合には、ご本人と同じくらい、ご家族の心身も大事にすることが必要です。

認知症の症状:無気力・うつ

認知症による「人格や性格の変化」の症状には、主に2つのパターンがあります。1つはそれまで穏やかな性格だった方が、すぐに興奮したり攻撃的になったりすることで起こる「暴言・暴力」の症状。もう1つは、それまで活発な性格だった方が急にぼんやりとしたり、悲観的になって塞ぎこんだりする「無気力・うつ」の症状です。

興奮して周囲に攻撃的な行動をとる暴言や暴力の症状に対して、無気力やうつといった症状は現れても周囲とのトラブルが少なく、あまり大事に捉えられることがない傾向があります。しかし重症化すると「自分には生きる価値がない」と自責の念に駆られ、食欲がなくなったり食事を拒否するなどの行動につながる可能性があるため注意が必要です。

また、外出する気力がなくなる、他者との交流を避けて家に閉じこもりがちになるなど、フレイル(高齢期の虚弱)を促進させ、認知症を悪化させるリスクも高まります。

フレイルとは高齢期に陥りやすく、寝たきりなどの要介護状態になる方の多くが経験する総合的な悪循環の状態を指します。上図のように、加齢によって「健康な状態」から徐々に「要支援状態」へと移行するまでには、運動機能をはじめ認知機能・食欲・活動意欲など、さまざまな機能低下の変化が現れます。それらは全てが一度に現れる訳ではありませんが、どれか一つの機能低下をきっかけに、他の機能低下にも悪影響を与えることが分かっています。

たとえば認知症による気力の低下によって外出する機会が減った場合、日々の運動量が減るため食欲も低下します。食事量が減ると身体や脳の機能を維持するためのエネルギーも減少するため、運動機能が低下してケガをしやすくなったり、脳機能がさらに低下して認知症を悪化させてしまう可能性が高くなります。そしてこのような悪循環が続くと、将来的に寝たきりなどの要介護状態につながるリスクも高まるのです。

老人性うつとの違い

高齢者に見られるうつ・無気力の症状は、認知症によるものだけではありません。間違われやすい症状の1つに「老人性うつ」があります。

どちらも65歳以上の高齢者に多く見られる症状であり、主に気分が塞ぎこみ憂うつな状態が続いたり、意欲や思考力の低下、不安感・焦燥感などが強くなる、また身体症状として不眠・倦怠感・食欲不振などの症状が現れたりします。しかしこれらを詳しく見ていくと、次のような相違点もあることが分かります。とくに分かりやすい点としては「病状の進行速度」「自覚の有無」「日内変動の有無」などが挙げられます。

▶病状の進行速度
認知症による症状の場合、加齢とともに緩やかに進行していく傾向がありますが、老人性うつの場合、何か原因となる要因がきっかけとなり急に複数の症状が現れることが少なくありません。周囲の方から見てもその変化を明確に感じることが多いです。

▶本人の自覚
認知症の場合、発症してすぐの段階では本人の自覚があり、不安を感じることもありますが、症状が進行するにしたがって徐々に自覚も薄れていくという特徴があります。老人性うつの場合、症状が長期に渡った際にも本人の自覚は残ります。常に不安を感じる状態にあるため、それによってさらに精神状態の不安定化や症状の悪化を引き起こす可能性があります。

▶日内変動
日内変動とは、一日のうちで「症状が強く現れる時」と「穏やかな時」との差があることを指します。認知症による症状の場合、短期間で状態が大きく変化するケースは少ないですが、老人性うつの場合は気分に波があり、一日のうち、あるいは日ごとによって変動しやすい傾向があります。

認知症によるうつ状態と、老人性うつの違い。これらに気付くことで得られるメリットは「回復の可能性」です。認知症は現代医療において一度かかると完治が難しいとされていますが、老人性うつの場合、適切に治療すれば回復する可能性があります。

「最近、急に無気力になり元気がなくなったように感じる」「塞ぎこんだり、悲観的な考えが目立つようになった」などの症状が見られた時には、専門の医療機関(精神科・診療内科など)で早めに受診することをおすすめします。

症状の予防・改善

無気力やうつなどの症状に対しては、次のような方法で改善できる可能性があります。自分に合ったものを選択するようにしましょう。

●医療機関で薬を処方してもらう


薬で治療する、ということに対して抵抗感を持たれる方も少なくないですが、うつ病は脳の病気に分類されますので、他の病気と同じように適切な薬物治療を行うことで改善することもあります。主なものに抗うつ剤、抗不安薬、睡眠導入薬、気分安定薬などがあります。

●食事


栄養素やカロリーに注意し、健康に良くないものを制限する。こうした食生活はたしかに有効ですが、そればかりに気を遣ってストレスになってしまっていては、精神面において負担になってしまいます。たまには好きなものを食べて「美味しい」と感じることを楽しんだり、しっかり栄養をとることも、心と身体にゆとりを持つために大切です。

●リラックスできる時間をつくる


映画や音楽を楽しんだり、植物や動物と触れ合ったりと、好きなものにゆっくりと接してリラックスできる時間をつくるようにしましょう。時間を気にすることなく焦らない時間を持つことが大切です。その他にも、外へ出て深呼吸をしたり、太陽光を浴びる機会を持つことも心身をリラックスさせるために効果的です。

●他人と接する機会を持つ


他者と接したり会話をすることが脳に良い刺激を与え、うつ症状の予防や改善につながることがあります。ご家族をはじめ、趣味など気が合う友人、ショートステイやデイサービスで他の利用者や職員など、さまざまな場面で積極的に話す機会を持つようにしてみましょう。

コミュニケーションをとる際のポイント


身近な人がうつや無気力状態になってしまった場合、周囲の方はどのような点に注意して接することが大切でしょうか。次のようなポイントを意識してみましょう。

●非言語コミュニケーションを大切にする

非言語コミュニケーションとは、表情や接触、楽しい・心地良いと感じることを共有するなど、言語以外の方法で相手とコミュニケーションをとることです。高齢になると脳機能の低下によって、思ったことを即座に言語化することが難しくなる場合があります。そんな状態の方でも、非言語コミュニケーションであればストレスなく相手との交流を持つことができるのです。できるだけ笑顔で接する、声掛けの際には身体にやさしく触れてスキンシップをとる、音楽や映画など楽しいと感じる趣味を共有するなど、些細なことの積み重ねがご本人のストレスを和らげ、周囲の方との交流がしやすい環境をつくります。

●ご本人のペースに合わせる

高齢になり認知機能が低下すると、思考力や注意分割機能(注意を切り替えながら複数の物事を同時に行う機能)の低下によって、会話のペースについていけなくなる場合があります。そうした状況にストレスを感じ、会話を避けるようになるケースも少なくありませんので、
会話をする際にはできるだけゆっくりと、分かりやすい言葉で端的に伝えるように意識しましょう。

まとめ

認知症とうつ病は一見するとあまり関係のない症状のように感じますが、実は大きなつながりを持っています。加齢とともにあまりやる気が出ない、気力が湧かないといった兆候がみられた際には、早めに環境の改善などに努めてみましょう。認知機能の低下によって起こるうつ状態を解消することで、機能の維持・向上につながることもあります。またこうした症状はご本人だけでなく、それをサポートするご家族にも起こる可能性があります。限界まで無理をすることなく、可能なことはできるだけ周囲に助けを求めるようにしましょう。

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