事例から学ぶ認知症 感情編①【日本認知症予防協会監修】

認知症は人によって様々な症状が起こるという特徴があります。しかし、それらのすべてが脳機能の異常によって起こっているとは言い切れません。症状が起こることによって本人が抱える不安が、さらに別の症状を引き起こしている可能性もあるのです。なぜそうした症状につながるのか、感情にまつわる背景を含めて考えてみることが大切です。

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こんな時どうする?感情に関する症状

感情面における認知症の症状には次のようなものがあります。主な事例を元に、その対応法とポイントについて見ていきましょう。

〈事例1〉認知症の方が、なかなか言うことを聞いてくれません。

●症状のポイント

拒否や不穏(ふおん)などの症状は、本人の「不安な気持ち」が影響して起こります。
物事を嫌がる「拒否」や、周囲への警戒が強くなる「不穏」などの症状は、認知症によって起こるさまざまな症状に対して、本人がストレスや不安を感じることによって引き起こされる場合があります。なぜそうした行動をとるのか、本人の心情を周囲の人が推し量るのは難しいかもしれませんが、そこには必ず「何か理由がある」ということを理解しておく必要があります。

●どう対応したらいい?

こうした状況で認知症の方と向き合う場合、こちらの要求を理解してもらうことだけを考えていてはうまくいきません。健常者の視点で物事を見るのではなく、まずは認知症の方の目線に立って対応の仕方を考えましょう。ご本人が今どのような状況にあるか、そしてどんな気持ちでいるかということを想像する姿勢を持つことが大切です。拒否につながる要因が特定できれば、それを解消することでご本人にも納得していただける可能性が高くなります。

また、そのためには伝え方に配慮することも重要です。例えば「複数のことを同時に伝えると混乱し、理解できない」といった症状が現れている方の場合、「1つのことをゆっくりと端的に説明する」ということを意識して接するだけでも、状況が改善する場合があります。ちょっとした工夫がコミュニケーションを円滑にする可能性もある、ということを常に意識しておきましょう。

〈事例2〉一度きちんと診察してもらいたいが、本人は「必要ない」と言って行きたがりません。

●症状のポイント

認知機能の低下は緩やかに起こるため、明確に意識するのが難しい。
認知機能の低下は緩やかに起こります。ある日突然 身体に異変が起こるのであれば意識するきっかけにもなりますが、「気のせいだ」と誤魔化してやり過ごしてしまうと、自分の身体の現状をなかなか認められなくなってしまいます。これは ご本人だけでなく、家族など身近な人の場合も同じです。若く元気な頃の姿を知っているだけに、認めたくないという心理が働くこともあります。

●どう対応したらいい?

身近な人だからこそ、一旦頑なになってしまうと引っ込みがつかないなんてこともありますから、ご家族の説得だけで理解してもらうのは難しいかもしれません。そんな時は、ご家族以外の人の力を借りるようにしてみましょう。

各自治体では「認知症初期集中支援チーム」という仕組みで、初期の認知症の方を適切に医療や介護につなぐサポートを行っています。こうした専門家の力を積極的に借りてみましょう。

また、ご夫婦や年齢の近い方どうしの場合であれば、「私が看てもらいたいから一緒について来て」などの理由を説明し、同時に診察してもらうというのも1 つの方法です。主治医の説得であれば素直に聞くという方も多くおられますので、まずは色んな人に協力をお願いしてみると良いでしょう。

症状に影響する「不安な気持ち」


こうした事例からも分かるように、認知症によって起こる症状は脳機能の異常によって起こる身体的異常以外にも、心理的な要素によって起こる場合が多くあります。

いつも通りに生活しているつもりなのに、思いがけない失敗をしてしまう。間違ったことを言っているつもりはないのに周囲から間違いを指摘されたり、理解してもらえなかったりする。

症状を理解しづらいご家族の不安はもちろんですが、こうした状況が続くことで、誰よりも大きな不安を感じているのはご本人だということを意識しておきましょう。

認知症の症状を知ろう:拒否・不穏


認知症の症状である拒否や不穏は、ご本人を助けたい周囲の方の目には「意味もなく拒否を繰り返している」「信頼してもらえない」といった困った状況に映りますが、実はご本人なりの理由があることが殆どです。

主に考えられる原因には次のようなものが挙げられます。

1)認知機能の低下によって理解ができない

認知機能が低下すると、周囲の環境や今自分が置かれている状況が理解できなくなることがあります。それによって「なぜ他人からそのような行為を行われるのか」理解ができず、不安を感じて拒否をするという場合があります。

●食事の場合
食事を食べ物と認識できていない / 食事に毒が入っているのではないかという猜疑心から拒否をする など
●入浴の場合
他人に脱衣を行われることへの恐怖心や嫌悪感がある / 入浴が必要であるということが理解できない など
●外出の場合
通院やデイケアなど、何のために行くのかが理解できない / 知らない場所へ連れていかれることに対して恐怖や嫌悪を感じる など

2)羞恥心から拒む

認知症の症状が進行すると、入浴や排泄などのサポートが必要になる場合もありますが、通常であれば一人で行うような行為に対して他者が介入してくる、見守られるという状況に対して、羞恥心から抵抗を感じる方も多いでしょう(介助者が異性の場合はとくにその傾向が強まります)。

また、「今からおむつを取り換えますよ」などの声掛けを、他人に聞かれるような状況で発せられることに対して抵抗を感じる場合もあります。

3)自立心が強い

これまで自立して生活していた方が、付き添いやその他の介助のためとプライベートな部分に介入されることに対して嫌悪感を感じることがあります。また、過去に失敗した経験が元となって、再び失敗を繰り返さないよう拒否をする場合もあります。
(例:失禁をしてしまった経験から、水分を摂ることを拒否する など)

4)それまでの習慣と異なることに対する違和感

施設で生活することになった場合など、それまでの生活習慣や環境が変化したために不安を感じて、周囲のサポートを拒否することがあります。また一人暮らしが長かった場合など、集団生活や周囲の人と生活リズムを合わせなければいけないというストレスから拒否をするケースもあります。

●食事の場合
食事をとる時間が異なる / 好みの味や食べ方でない / 空腹を感じていない など
●入浴の場合
入浴の頻度が異なる / これまで使用していなかったシャワーに違和感がある など
●更衣の場合
人前で着替えることに抵抗がある / 他人の決めたコーディネートで服を着ることに違和感がある など

5)一時的な体調不調によるもの

頭痛や腹痛、微熱があるなど、体調が優れないことによって否定的な行動をとる場合もあります。たとえば歯の痛みを感じていることから食事や歯磨きを拒否したり、お腹の調子が悪く、トイレに行く回数を減らしたいと考えて水分を摂ることを拒否したりと、さまざまな可能性が考えられます。こうした理由をご本人から申告してもらえた場合は対処できますが、そうでない場合、「理由もなく拒否している」と周囲の目に映ってしまうことがあります。

対応のポイント


拒否行動や不穏の症状に対して、サポートする側まで感情的になってしまっては良い結果を生みません。

対応する際には、落ち着いて次のようなポイントを意識してみましょう。

理由を聞いてみる

認知症の症状に対応する場合、「相手の話を傾聴する姿勢」が重要だとされています。傾聴とは単に話を聞き流すだけではなく、相手の話を理解したい、教えて欲しいという意思をもって耳を傾けることです。たとえ支離滅裂な内容であっても、ご本人が何に対して不安や不満を感じているか、きちんと共有することで安心感につながります。支離滅裂な話だと決めつけたり、適当に聞き流したりしないように気をつけましょう。

また、こうしたやり取りを成立させるためには日頃からの信頼関係が重要になってきますので、こまめにコミュニケーションをとる環境づくりを心がけることも大切です。些細なことでも話せる関係性を築くことで、不満や不安を感じていることや体調不良などの不調などについても事前に知ることができ、拒否行為につながることを防ぐことができます。

価値観を押し付けない

拒否行動をとる理由の1つに「それまでの習慣と異なることに対する違和感」があります。こうした状況は一般的に常識だとされている行動や環境が、ご本人にとっては習慣のない、不自然なものであった場合に起こりやすく、またそうした違和感を感じているということに周囲も気付きにくいという傾向があるため注意が必要です。たとえば入浴を嫌がっている場合、「入浴は毎日するものだから」と説得したとしても、ご本人にとってはそうではない場合があります。いくら説明してもなかなか納得してもらえないという時には、このような「価値観の押し付け」が起こっていないか意識し、相手の価値観や習慣を理解する努力をしてみましょう。

まとめ

認知症を患った方と、それを支えるご家族や友人など身近な周囲の方々。お互いの不安を少しでも和らげるためには、何より認知症に対する理解が必要です。認知症の症状は人によってさまざまであり、「こうすれば正解」という絶対的なマニュアルは存在しません。だからこそよくある事例や、経験の豊富な介護専門職の方、同じ境遇で対応している介護家族の話を参考にして、それぞれの方に合った対応方法を模索していく必要があります。「分かってくれる人がいる」と感じる場面が増えるだけでも気持ちは軽くなるものです。どうすればお互いに笑顔になれるか、一緒に考えていくことが大切です。

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