現在、日本の少子高齢化は加速し続けています。団塊の世代が後期高齢者に達する2025年には人口の3人に1人が高齢者という時代が到来します。しかし、高齢者を支える介護職の担い手が追い付かず、人手不足は深刻な問題です。その問題を解決するためには、「介護」に対して広く社会に浸透している「きつい」「汚い」「つらい」などの悪いイメージを前向きで明るいイメージに変えていくことが必要なのではないでしょうか。
特別養護老人ホームあんのん施設長の傍ら、介護・福祉啓発活動事業 NEXTINNOVATIONを設立した吉田貴宏さんは、この現状に立ち向かい「本当の介護の志事(しごと)」を多くの人に届けるべく、「誰もが理解できる介護」を描く絵本『つむぐ つながる 共に。』をつくるプロジェクトを立ち上げました。一番伝えたいことは、「介護は生き甲斐を支援する志事だという真実」。テーマは、介護そのものである「自立支援」にしました。
今回は、絵本『つむぐ つながる 共に。』のプロデューサーである吉田貴宏さんと著者である﨑山ひろみさんに、介護現場における自立支援の実例をお聞きしました。
現役の介護福祉士が伝える介護の魅力!『つむぐ つながる 共に。』
「あれ ぼく なにか まちがっていたのかな」という主人公【ぼく】の呟きからはじまる物語。
日本が直面している高齢化社会、人間関係の希薄化、ひとの無欲化など、すべてに通じる【生き甲斐】について。小さなお子さまから働く世代、そして高齢者の方までが、見て、読んで、生きるパワーを感じることのできる絵本です。(Amazon商品の説明より)
「誰もが理解できる介護」を描く絵本『つむぐ つながる 共に。』をつくるにあたり、原作や絵など、できる限り介護・福祉関係者が携わって作り上げる絵本にしたいと考えた吉田さんは、6人のメンバーでプロジェクトチームを立ち上げました。
プロジェクトチームメンバー
- 画家(デイサービスセンター西日置フラワー園ご利用者:山田恒子さん)
- 画家(着色)(デイサービスセンター西日置フラワー園介護職員:中倉桃果さん)
- 著者(特別養護老人ホームあんのん介護主任:﨑山ひろみさん)
- 渉外(ケアハウスほっとはっと生活相談員:松本広樹さん)
- デザイン(フラワー園デイサービスセンター施設長:渡邉一央さん)
- プロデューサー(特別養護老人ホームあんのん施設長:吉田貴宏さん)
はじめに、吉田さんと﨑山さんに、プロジェクトチームを立ち上げるときの思いや、執筆時の感想をお聞きしました。
どんなことを意識してプロジェクトメンバーを選出しましたか?
【プロデューサー:特別養護老人ホームあんのん施設長 吉田貴宏さん】(以下、吉田さん)
人選は、得意分野もそうですし、「この人がやってくれたらみんなが納得する」、「喜んで協力したいと思う」いう視点も入れました。例えば、﨑山は、文章を作るのが上手で、15・16年介護現場で介護に携わった実績があります。また、絵の着色は、画家の山田さんが一番身近に感じていた介護職員の中倉が担当しました。
絵本をつくってみて、感じたことは?
【著者:特別養護老人ホーム介護主任 﨑山ひろみさん】(以下、﨑山さん)
小さい時から絵本に囲まれて生きてきて、絵本は大好きでしたが、執筆活動は初めてでした。吉田から「介護の仕事は自立支援だから、それが子どもにもわかるような絵本を出したい。文章を書いてほしい」と言われました。その意図はすごく分かったけれど、いざ文にしようとすると物語になっていないといけないし、悩みました。でも、自立支援は、子どもからすべての人に共通なことで、それを仕事としてやっているんだとおもったら、文章がすら~っと出てきました。絵本を書いてみて、自分の自信にもつながりました。
95歳が体現!絵本そのものが生きがい支援
『つむぐ つながる 共に。』の挿絵を担当されている画家の山田恒子さんは、今年95歳。70歳を超えてから習い始めた絵画にて、絵を描くことの楽しさを覚えました。絵を通じ、他の利用者の方、大切な家族、職員の方々との会話が弾みます。今では年に数回、周りの方々の力を借りて個展を開催しています。絵を描くことは、山田さんにとって生き甲斐です。生き甲斐を体感し、自分らしく生きているご本人もこの絵本の中に登場し、当事者が伝える「生き甲斐とはなにか」を考えさせてくれます。山田さんがプロジェクトに参加したことでどのような変化があったのか、お二人にお聞きしました。
介護を受ける当事者がプロジェクトに参加した相乗効果はありましたか?
【﨑山さん】
山田恒子さんとは事業所が違うので、絵本が完成してはじめて顔を合わせました。でも、「すごいおばあちゃんがいるぞ」といううわさは常々聞いていました。取材をいくつか受けて、恒子さんがどんどん元気になっていると感じています。はじめは緊張していらっしゃいましたが、「人に支えられている、だから大丈夫」と感覚的にわかっていらっしゃるからなのか、生き生きとお話しされるようになって、それが本当にすごいなと思いました。
【吉田さん】
山田恒子さんは、私が7年程前に生活相談員をやっていた時にデイサービスに入所されました。当時は絵が好きで絵を描かれていました。それなら、書いている絵を地域の人に見せてあげよう、家族などが見に来られるように個展を開こうということを提案し、社会参加の一環として1年に1回「山田恒子展」を実施して今年で5回目になりました。
個展を開くとなれば、ご本人が作品を何十点としあげなければならないという目標ができます。ご本人はやることがたくさんあって大変だといいますが、個展が開けたときは、ご家族や地域のケアマネジャーや絵を習っていた先生が見に来てくれたとか、励ましのお手紙が届いたと、とても喜んでいらっしゃいます。それを支援するのがとても大切です。
人生として、高齢になったからと言って何もできないのではなくて、ちょっとした仕掛けをしてあげれば、まだまだ活躍ができます。山田さんの場合、元気になっている姿が目に見えていて、要介護度1だったのが、要支援になって介護度の改善もしています。
「支えられて、やれているところがうれしい」とご本人も言ってくれて、理解してくれています。それでなおかつ、ご本人が自信をもって生きている。それがすごくいい実例だと感じています。
実例から見る自立支援の本当の意味とは
『つむぐ つながる 共に。』の絵本の中では、「介護は生きること・生き抜くことを支援できる。それが自立支援だ」と、登場人物を通して生きる意味を伝えています。とはいえ、毎日の介護の仕事は、食事介助に入浴介助、排せつ介助などやるべきことがたくさんあります。常に人手が足りない介護現場も多く、一息つく暇もないような状況で働いていると、やるべきことを時間内に効率よくすることで精いっぱいになります。理想はあるけれど、なかなか動き出せない方に対して、お二人の思いをお聞きしました。
忙しい毎日の中で、どうすれば自立支援につながる関わりができるのでしょうか?
【吉田さん】
理想論だとか、こんなのは忙しくてできないだとか、意見としていただくことがありますが、「勤務時間が8時間ある中で、1分そんな時間はないかな?」と自分に問うていただきたいです。
8時間の中でおむつ交換やトイレ誘導、食事介助など色々なことがあると思いますが、本質のところに持っている「生き甲斐を支援していく仕事」だということが頭の中に入った上で、おむつ交換や食事介助をしていくとなると声掛けや言葉の伝え方、接し方が絶対に変わってくると思います。
何か特別なことをしなければいけないというわけではないんです。例えば、オレンジジュースとパインジュースのどっちがいいか聞いてみようとか、コーヒーが好きだと聞いているけど本当に今日もコーヒーが飲みたいのか確認してみようとか、そういう些細なことでもいいと思います。僕らもスキーが好きだからと言って毎日行くわけではないのと同じです。
毎日そんなにすごいことをやらなくても、生活の中で選択肢を持たせてあげることってすごく大事なことで、山田恒子さんだったら、絵を描くだとか、喫茶店をやっていらっしゃった入居者さんに施設内にて喫茶店をやっていただくだとか。
絵本にも書いてありましたが、毎日、自分のいいなと思うこととか大事な時間というものを1分でも1秒でもやってあげられたらいいよねっていう、その根底の考え方を持っていて接しているのかということが大事だと感じています。
おむつ交換でもそうです。普段は10分で全員を回っているけれど、今日は15分かけよう。普段なら時間通りに進めることが良いとされがちですが、いつもより長い5分で、会話しながらやってあげようとか、今日は温かいお湯で香りのいい入浴剤を入れてやってみようとか。
そういうことを考えてやってみると、この仕事は楽しいことを見出してやれると思います。1分でも1秒でもそういう時間を見出してやることをわかってもらえたらいいなと思います。
【﨑山さん】
私自身、介護現場でずっと働いていて、「目標が志半ばで、お星さまに召される」という気持ちがあるんです。若いうちに早く死んでしまいたいということではなくて、最後の時まで「あー、明日も何かしたいな」とか「明日も誰かに会いたいな」とか「仕事があるな」「やりたいことがあるな」でもいいんですけど、「まだ明日も」って思いながら、「あ、天国に旅立っちゃった。残念」っていうのを目標にしているんです。
私は今、特養で働いているんですけど、そこに入居しているご利用者の方たちにも同じように思ってもらって旅立ってもらいたいなって思っています。
生きがい支援をしたいと思っても、施設の中だと本当に難しいこともいっぱいあるんです。要介護5で、ご自身で全然動けない方に何ができるんだって言われるのもよくわかるんですけど、例えばその人の「また明日挨拶を交わしたいな」と思う人に自分がなれたら、それも生きがい支援の一つかなと思います。
そういうのをずっと考えていたら、確かにおむつ交換、食事介助、入浴介助等で一日が終わることが多いんですけど、そこを目指しているのが自分の中にあるので、だから毎日楽しいのかなと。そういう気持ちをもって接していたら、さっき吉田が言ったみたいに介助一つひとつでも、ただ業務をやっているだけではなくて、絶対変わってくると思うんです。
接し方もそうだし、声のかけ方もそうだし、表情を読み取る能力も上がると思います。私は、相手が求めていることを言ってあげたい、言われる前に伝えようというのをモットーとしています。
まとめ
この絵本は、吉田さんが名古屋市・愛知県全域図書館108か所と名古屋市老人福祉施設協議会に寄贈され、今後は全国の小・中学校への寄付も検討しているそうです。
絵本の一節に「一人で生きることが自立ではなく、周りの人とつながりながら、助けたり、助けてもらったり、ありがとうって言ったり、言われたり、自分に自信を持って生きるってことなんだ。だから自立支援って大切なんだ」とあります。
私はこの絵本を読んで、自立支援は、子どもから働く世代、そして高齢者の方まで、すべての人に関係していることがよくわかりました。すごく簡単なようで、忙しいとつい忘れてしまいがちな大切なことに気づかせてくれる絵本でした。
人間は何歳になってもチャレンジできることを画家の山田さんの実例から教えていただきました。そのチャレンジは、一人よりも多くの人との関わりの中でより充実したものになります。やり遂げて一緒に喜べたときが、自分は一人じゃないと感じられる瞬間ですね。
毎日、大きなチャレンジはできなくても、1分でも1秒でも「何かできないかな?」と自分に問う時間をもつことが大きな違いにつながると私は感じました。あなたもこの絵本を読んで、生きるとは何か、自立支援とは何かを考えてみませんか?
【プロフィール】
吉田貴宏(YOSHIDATAKAHIRO)さん
愛知福祉学院介護福祉学科卒業後、営業・経営職に携わる。
その後、2008年5月、社会福祉法人フラワー園に介護職員として入職。現在は社会福祉法人フラワー園ゼネラルマネージャー・特別養護老人ホームあんのん施設長の傍ら、2018年3月に介護・福祉啓発活動事業NEXTINNOVATIONを設立。
【その他活動実績】
日本福祉大学中央福祉専門学校非常勤講師
愛知総合看護福祉専門学校非常勤講師
愛知総合看護福祉専門学校同窓会会長
愛知県社会福祉協議会介護労働安定センター臨時講師
愛知労働局ハローワーク臨時講師
名古屋市老人福祉施設協議会広報・人材確保対策委員会委員長
中川区介護保険関連事業者連絡会事務局長
介護・福祉サポーターFEN-Girls/プロデューサー
コミュニティ運営事業DERAWAKUHOUSE/プロデューサー
育成支援事業高志会/プロデューサー